top of page
  • 日本商業新聞

【日本商業新聞 コラム】心意気と美学 -195- ネズミ捕り

 わが町の警察は犯罪の検挙率が極めて低い。ところがやたら警官の数は多い。ネズミ捕り要員が多いからだ。団塊農耕派はその餌食になることが多く、ゴールド免許などもらったことが無い。なにしろ許してもらえない。懇願しても実らないので、最近は仏頂面で通すが、それがまた心象を悪くするようで、前科は片手だけでかぞえられなくなった。


 そもそも大した違反ではない。警察が捕まえたくて作った悪意ある標識を守らなかっただけだ。下品なワナにはまっただけだ。見通しの良い交差点なのに一旦停止、数秒で消えてしまう右折信号、そんなものを無視しただけで、交通の円滑化にはむしろ貢献している。


 85年の暮れ、団塊農耕派は留学を終えてアメリカから帰国したが、日本はこの日からシートベルト着用がルール化されていた。幕張インター近くで捕まったとき、何が起きたのかわからなかった。すべてがこの調子で、一旦停止違反のときも警官が寄ってきて始めて違反を知ったし、スピード違反も制限速度が30キロの多摩墓地の中だった。情状酌量があってもよいと思うのだが、交通警官に慈悲深い人はいない。


 だから団塊農耕派の仏頂面はときに挑発的な顔にもなる。パトカーに割り込みされたことがあった。公務が優先だから仕方ないと思ったが、パトカーはなぜかその後ノロノロ運転を始める。渋滞が起きているのにお構いなしだ。ようやく2車線になったので、追いついて運転席を一瞥すると若い男女の警官が楽しそうに話している。合法的なデートではないか。妙に腹が立ってきた。降りて一喝したかったが、クラクションを鳴らしただけでこらえた。


 公務執行妨害と言われたこともあった。団塊農耕派の家には農業用の軽トラが無いので、離れた田んぼには普通の車で通うが、このとき鍬(くわ)を後部座席においていた。警官が寄ってきてなぜ鍬を持っているかと言い、〝凶器準備〟という物騒な言葉を発した。乗用車に鍬を乗せると農民らしからぬ風貌の人間は疑われるようだ。わが町では鍬や鎌を運ぶときには軽トラを使うようにという案内が回覧板で回っている。


 ネズミ捕りは陰湿だ。ガサヤブに隠れて獲物を待つ白バイ警官の姿が時々目撃される。一旦停止をしない車を捕まえるためだが、こんなとき団塊農耕派は何かひと言言わないと気がすまなくなる。「弱いものいじめ、ご苦労様です」と聞こえないような声で言ったつもりだったが、警官の目つきが変わったこともあった。


 あるときこのガサヤブの所有者が「警察の手下になっているようで心苦しい」と言い出し、ヤブを切り開いてしまった。白バイの隠れるところがなくなり、地域に平和が訪れたわけだが、この所有者はあとで警察からお叱りを受けたそうだ。このときも警察は公務執行妨害罪という言葉を匂わせたようだが、恐喝や暴力が伴わなければこの罪は成立しない。勉強不足だ。むしろこんなネズミ捕りは「市民生活妨害罪」ではないかと思う。


 悲惨な交通事故を防ごうとする警察の熱意はわかるが、ネズミ捕りには共感できない。つかまった人は運が悪かったと思うだけで絶対に反省などしない。警官は嫌われるし、団塊農耕派のようなひねくれ者も出てくる。良いことはひとつもない。

(団塊農耕派)

bottom of page