【日本商業新聞 コラム】-777- 生分解性樹脂
30年前、バブルが収まりかけてきたころ、団塊農耕派は「地球環境に良い」化粧品を作りたくて社内外に協力を求めましたが、まだ機は熟しておらず、門前払いされていました。
そんな中、生分解性樹脂容器の存在を知ります。まだ研究段階でしたが、いずれ土に帰るという触れ込みは魅力あるものでした。しかし土に帰る前にお客の手元やお店の店頭で壊れてしまうかも知れない素材を社内の品質保証部門が許すわけはありません。団塊農耕派は野蛮
な商品開発をたくらむ危険分子として警戒され始めました。
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それでも「使ってみたい」という願望を抑えることが出来ませんでした。そしてしつこく食い下がった結果、いくつかの条件付きで商品のキャップのみに生分解性樹脂を使うことが許されました。
商品は3ヶ月以内に使いきってもらうこと、そのために使用開始日を書き込むラベルを商品に貼り付けること、万が一のときには企画部門が責任を取ると言う始末書を事前に提出すること…、全て受け入れ、〝勝てば官軍〟でした。
でも今思うにこの判断の裏には、生分解性樹脂の可能性を試す機会を窺っていた社内技術者の存在もあったようです。団塊農耕派は彼らに上手く乗せられただけの話だったのかもしれません。
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でもそんなことはどうでもよく、調子に乗った団塊農耕派は提案資料にこう書きました。
「環境に良い素材を使わない手はない、仮にキャップが分解しそうになったらキャップを交換すればいい」要するに高飛車なのである。現場の混乱、お店の手間、PL法、どこから見ても若気の至り、無鉄砲とかいった救い言葉では済まされない蛮行でした。
それほど熱いブランドでしたが、息の長いブランドに育ててはもらえませんでした。生分解性樹脂の採用が早すぎたように、会社全体がこのブランドの社会的使命を理解、遂行するにはまだ時間が必要だったようです。
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そんな短い年月でしたが、その間に問題となるような事態は起こらず、既に市場に商品は無く、クレームの心配もないことから安堵の気持ちで数年を過ごしましたが、ある時ある事実に遭遇します。
押入れに保存していた第1回生産品のキャップすべてに亀裂が入り、弱い力でつぶれてしまうのです。強いショックを受けましたが、すぐにポジティブな考え方に変わります。「この現象が計画的だったら、予測済みだったら、実に見事な終わり方と言えるのでは。キャップは設計通り壊れて自然に還ったのだから」。
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悪乗りして広報用のキャッチコピーも考えました。
「仕事を終えたキャップたちが集団自殺を始めています」
「容器はお客様と一緒に居るときは美しく、使いやすく、強靭でなければいけませんが、ひとたび廃棄の道をたどることになったとき、壊しやすく、壊れやすく、そして地球に有益でなければいけません。お客様に届くまでの時間とお客様がお使いいただく時間を計算すれば、一見背反するこれらの機能をひとつの商品に組み入れることができる、私たちはそう考えて研究を進めてきました。○○年前に発売した△△△の商品の容器はいま予定の年月を経て土へ帰ります」
技術広報のつもりで考えた文言でしたが、偽善ぽいと言われ、会社に採用されなかったことは言うまでもありません。
(団塊農耕派)



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