【日本商業新聞 コラム】-773- 勝ち逃げ
いよいよ団塊世代に「天罰」のあたる時代が来たようだ。いや天罰というより「帳尻あわせ」と言ったほうが良い。タナボタで得たものが衣を脱ぐかのようにむしりとられ、すごろくのスタート地点に戻される事態が始まっている。しかしそれは悲しくも残酷でもない。むしろ快適な痛みすら感じる。懺悔とはこういうものだろう。
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団塊の世代ほど恵まれた世代は無い。
戦後の高度成長の時代をぬくぬくと生き、一度も戦争を経験したことのない幸運な世代。学生運動で社会の矛盾を指摘したくせに卒業後は社畜に成り下がった節操のない世代。そして会社で無能がばれてもマイホームパパになる逃げ道が用意されていた世代。自分の掛けた金額より年金を多くもらえる最後の世代。女性の社会進出の遅れに乗じて長く亭主関白を謳歌できたアナクロ世代…、共通するのは時代が団塊の世代に特別に優しかったことだが、そのしわ寄せは社会のひずみとなっている。
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本当に偉かったのは団塊世代のひとつ前の世代だった。そのころの企業のトップには人徳があり、それが日本企業の飛躍の源泉となった。高度成長は彼らの努力の賜物なのだが、ここでも団塊世代は手柄の横取りをする。自分たちが成長の主役だと嘘をつく。若い人も歴史の教科書もそれを曖昧のままにしているから、そうだと信じる若者も少なくない。
団塊世代は徴兵制を免れただけでなく、あらゆる面で甘やかされ、集団就職や戦後の経済的な貧しさを除けば人生の厳しさを避けて成長してきた。頭でっかちで、口では勇ましいことを言うが、それに実態が伴うことは稀だった。学生運動はファッションであり、団塊農耕派の周りに「成田闘争デモ」に参加したと言う人は多いが、問い詰めるとそこまでの闘士は居らず、怖気づいて成田駅で引返した学生がほとんどだった。
団塊農耕派の通った高校に水泳プールが出来たのは3年生の秋で、カナズチの身には涙が出るほどありがたかったし、社内の共通言語が英語に統一される前に会社を辞めたので留学させてもらった割には英語が下手だったことがばれずに済んだし、ジョブ型採用が本格的に定着する前だったから退職金も企業年金もそれなりにもらえたし、出張時の交通費もパソコンソフトなど無かったので水増し請求してもわからなかったし…、種々の試練に襲われることもなく逃げ切ってしまった例を挙げたらきりがない。あと10年遅く生まれていたらと思うと背筋が寒くなる。
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そう団塊世代とは「過剰待遇」と「勝ち逃げ」の世代でもある。先達の敷いたレールの上を気楽に走り、分不相応の余禄を当然のごとく受け取り、後続に残すのは自らの失敗がもたらす負の遺産だけ…、社会規範の乱れも格差社会の到来も企業風土の劣化も団塊世代の無思慮
で刹那的な生き様が招いた結果だと決めつけても間違いない。
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ところがその団塊世代の悪運も尽きそうな気配なのである。時代は急に若者に優しく、老人に冷たくなって来ている。老いから余計な心配をされ、車の免許は取り上げられるし、銀行で高額のお金は下ろせない。介護される齢になっても、お金はあるのに人と場所にあてがない。若者に冷たくしてきたツケは大きい。「勝ち逃げ」とはいかないようだ。
(団塊農耕派)



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