【日本商業新聞 コラム】-772- 帰省
千葉で生まれ、わずかな浮気の時期を除いて、ずっと千葉に住み続けている団塊農耕派には「帰省」する田舎が無い。でも「ああ上野駅」や「東京だよおっ母さん」にわけもなく涙腺が緩み、家族に笑われる。そう「帰省」には日本人の心を揺さぶる何かがある。
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でも帰省のカタチは変わってきている。都会に職を求めて集団就職でやってきた昭和世代と平成や令和の時代に成人した世代ではそもそも帰省の目的が異なる。
前者には「故郷に錦を飾る」気持ちがあるが、後者にあるのは「旅」と「休養」と「子供へのサービス」で、帰省に特段の意味を持たない。ましてや連れて行かれる子供たちにとっては学校の遠足のリッチ版に過ぎず、先祖の供養に行くという自覚を持つ子は少ない。
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「帰省」が定着したのは高度成長以後ではないかと思う。
所得倍増を実現させた原動力は製造業だが、工場は作業効率を考え、休日をまとめることにこだわった。その代表的なものがお盆休みで、皆勤を美徳と考える日本人がこの時期に一斉に帰省するようになるのは当然の帰結だった。
まだ老親は故郷で健在だったし、村もまだ都会の文化に汚染されていなかった。高い交通費を払っても、激しい交通渋滞に遭っても、行く〝意義〟は十分にあった。また帰省してそのまま帰らない人が珍しくなかったように、帰省を人生のターニングポイントとする人もいた。
昔、〝東京へは何度も行きましたか〟を繰り返すフォークソングが流行ったが、田舎生まれにとって東京は憧れの地で、帰省はその東京で暮らしているというプライドと東京の素晴らしさを教えてあげると言うお節介心を満たすにはまたとない機会だった。
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高度成長が終わっても、帰省が空洞化することはなかったが、その内容が年々味気ないものになっている。肝心な実家は長男が継ぎ、増改築により様変わりしている。幼少時代を過ごした古い木造の家はもはや無く、都内に建てた小さな自分の家と大差のない近代的な造りだし、山野は開拓され、駄菓子屋はコンビニに変貌し、見慣れた洋服の青山やブックオフが我が物顔で建っている。
とっくの昔に母校は廃校になり、更地に雑草が茂っている。初恋の女性は饒舌な婆さんになり、昔の思い出に泥を塗ってくれる。帰省するたびに想い出の場所も人も少なくなり、別の村に変化していく。寂しい気持ちに襲われる。
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それでもお盆の季節になれば無意識に故郷に向かう。老親や竹馬の友と会い、墓参りをする。でもそれだけではない。どこかで懐かしい光景と出会いを期待している。非日常的な空間となる数日間にありもしない、出来もしないモノとコトに期待する。
それが帰省の最大の動機だと思う。でもそれは昭和世代の話。現役世代はそんな感傷に浸らない。実家は安価で行けるひとつの旅先に過ぎない。
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帰省はますます味気ないものになるかもしれない。
地域の過疎化や「墓終い」が目立つようになり、実家の受け入れ態勢も息子や孫に会うのを楽しみにする祖父母がいなければ冷たいものになるのは必至。どうやら室生犀星が言うように「故郷は遠くに在りて思うもの」と思ったほうが良さそうだ。
(団塊農耕派)



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