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【日本商業新聞 コラム】-770- 級長選挙の思い出

  • 日本商業新聞
  • 4 時間前
  • 読了時間: 3分

小学校で同級生だった昭雄の訃報が届いた。すでに荼毘に付されてしまったが、出来れば生前に、あの日の出来事を肴に飲んでみたかった。とても切ない少年の恋を。



昭雄は左官屋の息子、男ばかり5人兄弟の末っ子だった。根っからの乱暴者で、5年生になるころには高校生の不良に混じって千葉市内の繁華街で遊んでいた。野球がうまく同級生に一目置かれるのだが、練習をさぼるので、いつもレギュラーの座を逃していた。


4年生までクラスの級長はPTA会長の息子、正一がやっていた。というよりは担任が指名していた。正一は優しく頭も良いので誰も文句は言わなかったが、田舎の学校にも少しずつ民主主義が芽生えてきており、なぜ選挙をやらないのだろうと不思議に思う子もいた。



そんなクラスに火をつけたのが5年生の担任として町からやってきた山崎という先生だった。正一でもいいとする生徒を尻目に山崎先生は「選挙」をやると言い出す。でも立候補者が出ない。困った先生が「それでは推薦したいひとは?」と言うが、それでも沈黙が続く。先生も引かない。どうしても選挙をしたいらしい。


「昭雄クンがいいです」というか細い声。道子だ。おとなしい道子が乱暴者の昭雄を推薦するという唐突さに同級生は驚くが、それはだれでも容易にわかることだった。道子は母親と二人暮らしだったが、そのころ左官屋の離れを借りて住んでいたのだ。何かの忖度の気持ちがあるに違いない、その時、同級生は皆そう思った。


先生は、昭雄の名前を黒板に書いて他を募るが誰も出てこない。あきれて先生は言った。「推薦したい人を紙に書いて箱にいれてください」小さな箱と切断した藁半紙はあらかじめ用意されていた。それでも沈黙が続き、誰も箱に近づこうとしなかった。


しびれを切らした先生は田舎の子どもを小ばかにしたような顔をしながら強行手段に出た。そのまま選挙をやると言うのだ。藁半紙は投票用紙に変り、全員に配られた。



意外な結果が出た。票は正一に集中した。団塊農耕派にも何票か入ったが、それはアンチ正一派が気まぐれに起こしたコップの中の嵐で、大勢に影響はなかった。


今でも忘れられないのは昭雄と書かれた票のことだ。たった1票だけだったが、この票を入れたのは道子ではなく昭雄本人だった。数日後、そして後年、昭雄は親しい友達に「自分で入れた」ことを白状している。成績や日頃の行いを考えれば当選は期待薄なのに何故自分の名前を書いたのか、そこまでは昭雄の口から出てこなかった。そして幾星霜。



以下は団塊農耕派の勝手な推測。ほぼ間違いない。昭雄がそのころ道子に恋心を抱いていたことは同級生ならみな知っていた。乱暴者の昭雄も道子の前では借りてきた猫の様に振舞っていたからだ。その道子が昭雄を推薦したのだから昭雄は舞い上がる。嬉しかったと思う。好かれていると思ったことだろう。正一には勝てないが2票はとれる。そしてそれは二人の思い出となる。しかし道子は梯子を外した。昭雄の恋心は踏みにじられた。


道子も何も語らずに数年前に他界している。二人して天国で少年時代の些細な出来事をほじくりかえす団塊農耕派のことを笑っているかもしれない。

(団塊農耕派)

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