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【日本商業新聞 コラム】-755- 教育格差は悪か

  • 日本商業新聞
  • 2 日前
  • 読了時間: 3分

更新日:1 日前

当時の千葉県の高校入試には内申書のようなものは無く、9教科700点満点の一発勝負だった。 


国語や数学などの主要5科目が100点、音楽や美術などの4科目がそれぞれ50点という配分だった。団塊農耕派は600点も取れば楽々入れる地元の高校に行くつもりだったので、受験生とは思えないのどかな生活を送っていた。まだ3人に一人は義務教育だけで終わる時代、必死に勉強して偏差値の高い高校を目指そうとする子などいなかった。だから受験の季節になっても田舎の中学に緊張感はなかった。



ところが願書を出す数日前、団塊農耕派の人生を狂わす出来事が起こる。団塊農耕派を職員室に呼び、担任の教師がこう言った。「もう一つ上の高校を受けてみないか。いまの志望校は歴史はあるけど田舎の高校。いずれ大学へ行くつもりなら既に受かっている私立の方が有利だと思う。滑り止めが出来ているのだから思い切って上に挑戦してみろよ」


たしかに団塊農耕派は市川市にある私立高校には受かっていた。でも都会の高校には行きたくなかったので、教師の誘いには応じなかった。ところがそれを聞いた母が血迷って近所の人に自慢げにしゃべってしまった。県下一の高校を受験することになったと。


「受かるかもしれない」「親も喜ぶし」悪魔の囁きが強くなり、とうとう支配されてしまった。しかしそこは650点を取らなければ入れない高校だった。自分なりに合格可能性を考えてみた。主要5教科は何とかなるが、残りの科目は相当に苦しい。情操教育の欠如は如何ともしがたく、戦う前から戦意は消沈していた。



それでも神風の吹くのを期待して臨んだ当日、吹いたのは木枯らしだった。音楽の問題を見た時、血の気が引いた。手も足も出ないとはこのことだった。初日の解答と配点は翌日の地方紙に載っており、見なければいいのに見てしまった結果、音楽が2点であることを知り、2日目に全て満点を取っても合格点に届かない事実を突きつけられてしまった。


この日同級生たちもそろって同じ悲哀を味わっていた。でも音楽の授業がほとんど無かったのだから仕方ないと思っていた。田舎の中学の教師は少なく、一人の教師が複数の教科を持っていた。音楽は理科の教師が兼ねていたが、いつも校庭でソフトボールに興じていた。実は受験に出る曲目は指定されており、それを覚えていれば簡単に解ける問題だったことを高校生になってから隣の中学からきた同級生から聞いた。初耳だった。



この一件は教育機会の均等と言う見方をすれば由々しき問題だったが、当時は全く問題にされなかった。学校も当該教師もお咎めなしだった。60年も経って団塊農耕派がネタにあげるくらいだ。ところが今は違う。教師も校長も父兄に糾弾されるだろう。我が子に少しでも不利益があれば大騒ぎする親だらけなのだ。


でも肝心の子供は親が思うほど教育機会の均等を求めていないと思う。「失敗や挫折の原因は子供に無く、社会構造にある」と庇ってもらえるのだからむしろ有難がるかもしれない。仮に課題曲を教えられていたとしても団塊農耕派は不合格を免れなかったと思う。教育機会の不平等は不出来を繕う免罪符としてとても有効で有難いものなのだ。

(団塊農耕派)

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