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【日本商業新聞 コラム】-752- 入社面接

  • 日本商業新聞
  • 2 日前
  • 読了時間: 3分

長い人生で1回だけ受けた入社面接はさんざんたるものだったが、面接それ自体は嫌いではない。


そのせいでもないだろうが、なぜか管理職になりたてのころから、人事部所属でもないのに入社面接に面接官として加わる機会を多くいただいた。後で聞けば面接官が若いほど企業イメージが良いと感じてもらえるのではないかという偏見を当時のトップは持っていたのだそうだ。



人事部から与えられたマニュアルは悉く無視した。これほど冷酷で、人物を見極められないツールも無いからだ。


基本的に「落とすこと」を目的にあら捜しをするので、個性的な学生ははじかれ、減点の少ない〝良い子〟が合格する仕組みになっていた。


評価の高い独創的なスキンケア処方からトゲのある原料を抜いて作った無添加コスメが肌に何の効果も及ぼさないように、こうして入社してきた学生が大きな仕事をするとはとても思えなかった。まして近年は「御社の○○や福祉制度に共鳴し…」を乱発し、入社後にやりたいことをすらすらと話せる早熟優等生も多いが、これもパラサイト予備軍として警戒した。



毎年繰り返される光景があった。男子の点数にゲタを履かせないと、女子のほうが多く合格してしまうと人事担当部署が嘆くのだ。今年も男子学生の質が悪いと言いたげなのだが、本当に悪いのは自分たちで、男子学生の良さを見つけられないだけのことなのだ。


面接とは5年後の成長度合いを見極める作業だと思うのだが、そんな目で学生を見る面接官は居なかった。人材育成の土壌が整っていれば、完成系で入ってくる必要などなく、育成による伸びしろを期待しつつトゲつきの荒っぽいままで迎えたほうが良いのだ。


それが面接官の力量だし、楽しみなのだが、マニュアルがその作業を奪った。面接官は誰に対しても同じ質問を繰り返していたが、それでは学生の個性や潜在実力は絶対に見つけられない。面接官には学生の良さを引き出してあげる技量が必要で、生き生きと語らせる場面を作ってあげなくてはいけないのだが、それを実践できる人は稀だった。


学生のポテンシャルを封鎖したまま面接を終わらせても面接官はいささかの罪悪感もなかったようだが、それは人材を逃したと言う意味で、会社に対する背任行為と言えないこともない。



ところで時代は流れて今は人材育成という言葉は死語になり、即戦力採用が主流になっている。そこでは面接官に宝探しの楽しみは無い。


トップのサジ加減で決まるジョブ型採用方式に面接は無意味で、他社での実績をぶら提げて颯爽と入ってきても、伸びしろと愛社心の欠如は致命的で、3年も経たずに尻尾を巻いて出て行くのが日常茶飯事だそうだ。



記憶に残る面接がある。不祥事を起こして存在が危くなったライバル会社から転職を志した女性がいた。


マニュアルに従って面接は進められ、不採用が決定的だったが、最後に私はきつい質問をした。


「今でも前の会社は好きですか」即答が返ってきた。

「はい大好きです。もし再生できたら、戻していただけますか」。


他の面接官の顔は曇ったが、私はこの女性に興味を持った。一緒に仕事をしたいと思った。たった一つの質問が面接の結果を劇的に変えることもあるのである。

(団塊農耕派)

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