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【日本商業新聞 コラム】-730- アメリカ人⑴ダコタの砂漠で

  • 日本商業新聞
  • 7 日前
  • 読了時間: 3分

トランプの犯した罪は数え切れないが、その中でも最大のものは、善良だったアメリカ人の心に悪の巣を移植してしまったことだ。


国民が一人の悪政者の囁きに負けて、良心を失っていくさまは見るに忍びない。40年前のアメリカとアメリカ人は心豊かだった。そんな時代のエピソードを3回にわたって書いてみる。1回目は本コラム№60にも書いた内容です。



 ―――夏の終わり、デビルランドというサウスダコタ州の広大な砂漠を一人でドライブ中のことである。ウォールというインディアン部落を出てすぐに日が落ち、やがて急速に暗くなり、道を失ってしまった。


もがけばもがくほど迷路に入り、同じ景色が続き、街の灯が全く見えなくなった。ガソリンが底をついたことを知らせる赤いランプが点灯し始め、何か動物の吼えるような声を聞いたとき、私は危険を感じ、それ以上動くのを止めた。携帯電話のない時代、朝まで待つしかないと思った。エンジンを切ると夏なのにやたら寒く、やたら暗く、そして静かだった。万が一のために後部座席に置いてあった厚地のブランケットと保存食が唯一の味方に思えてきた。ドアロックはしていても尋常でない恐怖が私を襲ってきた。


車が揺れ、ドアが突然たたかれた。不覚にも悲鳴をあげてしまった。でも地獄への使者ではなかった。がっちりした体躯のその人は、にこやかに笑い、ウォールまで先導してくれると言った。ノルウェーの移民特有の人なつっこい笑顔に、それまでの恐怖が急速に減衰していくのがわかった。



意外なほど短い時間でウォールの町に着いた。ガソリンが底をつくこともなかった。ド派手なネオンが点滅している小さなモーテルの前に駐車し、彼はなんと部屋の交渉までしてくれている。私はといえば彼にすべてを任せ、三人も座れば窮屈になりそうな粗野なソファーに腰をおろしてぼんやりと降り始めた雨を見ていたような気がする。


我に返りどういう形でお礼をしようかと考え始めたとき、彼は黙って自分の車に戻り、そのまま走り去ってしまった。10ドル紙幣を2枚、ポケットの中で握り締め、後を追いかけたが間に合わなかった。彼のかっこよさと自分のみすぼらしさの対比に私は打ちのめされていた。案内された一泊9ドルの部屋は実は彼が予約していた部屋であったことを翌朝チェックアウトのときフロントに教えられた。



実はこの前後で私は強烈なホームシックに陥っていた。英語は下手だし、大学の授業についていくのも大変だった。身内に不幸でも作って日本に帰ろうかとも考えていた。しかしこの一件が私に勇気をくれた。周りには親切な人がいっぱいいる。この国でもう少し頑張れそうな気がしてきたのだ。


ノースダコタ州の産業は小麦。移民の働く姿があらゆる農場で見られた。おやつの時間、雇用主と移民が何かを食べながら和気あいあいと語らっている。取りすがりの私がお裾分けの恩恵に浴したこともあった。のどかで幸せな風景だった。あれから40年、私の大好きなアメリカは大きく変わってしまったようだ。

(団塊農耕派)

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