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【日本商業新聞 コラム】-724- 化粧品の最低資格

  • 日本商業新聞
  • 8月4日
  • 読了時間: 3分

「コンセプト成分」という言葉がある。文字面から言えばその商品の特徴を引き出す主役成分のはずだが、化粧品業界ではそうではない。訴求したいことがあるのに中味がそれについていけないとき、姑息な手段としてアリバイ工作的にほんの僅かだけ配合しておく成分をさす。それを「メクソハナクソ入れる」と言ってうしろめたさを隠すのだが、初めて聞く新人研究員の驚きと失望感は尋常ではない。



でも慣れると彼らも抵抗無く使うようになってくる。コンセプト成分とは無添加コスメで嫌われる成分と真逆で、その濃度では実効など無いのに過大な期待感を抱かせる高感度抜群の成分である。



iPS細胞研究の知見から生まれた化粧品だと大言壮語しながら似て非なる特徴を持つ植物エキスでお茶を濁したり、レチノール(純粋ビタミンA)配合と言いながら効果が桁違いに劣るレチノール誘導体やバクチノールの配合でごまかしたり、普通に配合しているだけなのにリポソームカプセルに包んでいると言ってみたり、例に事欠かない。言ったもの勝ちの様相を呈している。



汲んだだけの水でも化粧水を名乗れるし、イメージ先行の原料を少しだけ入れても高機能のスキンケアだと言い張れる。化粧品とは肌への作用が緩和なものと定義されていることに安住し、研究者が突き詰めた研究を怠り、実験室に行かなくても処方箋が書けてしまう現実。その美味しさを知ってファブレス企業のような素人がわんさと参入して、浮ついた情報だけで勝負してしまう業界。それに操られ信じてしまう消費者。エビデンスにこだわる商品づくりをしている研究員が報われにくい世界。それが残念ながら昨今の化粧品業界なのである。



道交法に「最低速度違反」と言うものがあって運転者が周囲に迷惑をかけないように最遅スピードを設定しているが、化粧品にも自らを律するような法律があってもよいと思う。化粧品を名乗るなら、譲れない最低価値くらい担保させるべきだ。


植物エキスは商品の価値アップの常套手段だが、種類の多さで勝負し、検出不可能の量しか配合されていないことが多い。それでもそれは自然派を名乗るためのパスポートになるので、しっかりした研究の出来る大手のメーカーまでもがこの低い土俵に下りていく。



まずはこんなところから粛清してみたらよい。そうすべての化粧品原料について配合上限だけでなく配合下限も設けてみたらいい。オリンピックに出るためには最低標準記録というものがあるが、その化粧品版だ。それは化粧品が化粧品であることの良心の証明だし、姑息なマーケティングに翻ろうされるモノづくりへの警鐘となる。



ロスアンゼルスのリトル東京にあった化粧品専門店がコロナ禍のなか、3年前、50年の歴史にピリオドを打ったが、その際店主はこう言っている。


「良い商品を分かりやすく丁寧に説明しても若い人は興味のないものには見向きもしない。でも流行しているほしいものなら、いくら値が張ってもお金を使うことを惜しまない。時代を感じる。だからリタイヤするいい時期だったのかとも思った」



若い人の眼力を低くしてしまったのはメーカーのせい。本当に良いものを提供せず、いい加減な情報を流し、化粧品の良さを啓蒙してこなかったのだから。

(団塊農耕派)

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