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【日本商業新聞 コラム】心意気と美学 -635- クボタさん、考え直してください

 消費者の気持ちがわからないと的外れなことをしてしまう。


 〝吸水量こそイノチ〟と高分子素材の開発に没頭し、はきやすさや脱ぎやすさなど老人の本当の気持ちを慮れなかった大人のオムツのメーカー、日常生活に必要のないレベルまでSPF機能を高め、安全性を二の次にした化粧品メーカー…、挙げればきりが無い。 


 農機具メーカーのクボタが衛星を使った無人コンバインを発売するという。ドラマ「下町ロケット」でも登場した優れもので、日本中の農家の垂涎の的だが、誰のためのものかと考えた時、団塊農耕派はどこか割り切れないものを感じる。


 整地が完ぺきで、広大な作付面積のある田んぼで無人コンバインの勇姿を披露しているが、それを喜ぶのは農業法人化した企業や大規模農家だけで、日本で大多数を占める零細農家にとっては高嶺の花ではないか…、クボタの開発マインドに水を差すつもりはないが、上総の中堅農家の長男に生まれた団塊農耕派には他人事のように映る。


 団塊農耕派の家の田んぼは数箇所に散在している。いずれも1反(10アール)程度の小さな田んぼで、形が不揃いで、湧き水やモグラのせいで水はけも良くない。機械化農業には縁のない無慈悲な田んぼなので最近は誰も耕作を請け負ってくれない。


 仕方なく幾つかの田んぼは団塊農耕派が苦戦しながら取り組むことになる。春に手動式の4条植えの田植え機で田植えをし、夏の終わりにバインダーと称する小さな一条刈りの機械で稲刈りをし、秋に天日干しを経て家族総動員でレトロな機械で脱穀する…、いずれもかなりの肉体労働で、団塊農耕派の体力はそろそろ限界に近づきつつある。小さな田んぼ用のコンバインを勧められるが、車数台分の値段を出してまで買うつもりはない。買っても泥田に埋まるだけだ。


 団塊農耕派の考えるインテリジェンス農業の対象は、棚田のように機械に嫌われてきた小さな田んぼだ。苗を積んだドローンが上空を舞い、ピンポイントに田植えをしてくれたらどんなに楽だろう。「ルンバ」みたいな賢い自走式稲刈り機があればどんなに楽しいだろう。体力より知力が求められる農業新時代が来れば、若者だってこぞって就農してくるだろう。

 

 そもそも広大な土地でコンバインを操る人はただ座っているだけなのでちっとも辛くない。小さな田んぼで悪戦苦闘している農民から見れば〝軽作業〟みたいなものだ。しかしクボタに零細農家の救世主になる気持は無く、ウクライナの小麦畑でも使えそうなIT農機ばかりを研究している。〝下町ロケット〟の正義感を忘れ、〝上級農民〟に秋波を送りつづけている。


 化粧品の世界でも同じようなことがある。商売だからメーカーがたくさん売ってくれるお店に媚を売るのは仕方ないが、売り上げを落としている店を冷遇するのはいかがなものかと思う。


 かつて零細な小売店にはルンバのようなその規模に合った専用ブランドがあって、メーカーもその維持に努めてくれたものだが、今メーカーにその気は無さそうだ。クボタが〝上級農民〟に向けて技術開発をするように、化粧品メーカーも〝上級小売店〟だけを視野に入れる時代が来るのだろうか。そうだとすればメーカーと小売店が粛々と築いてきた愚直な化粧品文化は台無しになる。古き良き時代を知る身には寂しいことだ。

(団塊農耕派)

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