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【日本商業新聞 コラム】心意気と美学 -648- 育成枠

 今年もプロ野球のドラフト会議があり、いくつかのドラマが生まれた。プロを目指す若者が続々と指名されるが、終盤にはオマケのような「育成枠」の指名があり、各球団は数名の選手を確保する。将来への期待をこめた青田刈りで、意義のある教育制度だと主催者側は自画自賛するが、現実は若者の夢を打ち砕く残酷な告知ショーに他ならない。



 だれも育成枠なんかで入団したくない。10位でもいいから、給料は安くてもいいからドラフトで指名されたい。それがプロを目指してがんばってきた若者の夢なのだ。最高の勲章なのだ。なのにその気持を理解せず、いや逆なでし、補欠合格の枠にぶち込み、「育てばもうけもの」くらいの姿勢で臨む。「がんばって育成枠から早く出たいです」と健気に言わせる球団が鬼のように見える。


 おそらく野球に純粋でなく、効率経営志向の連中が考えた制度だと思う。給料を抑え、3年後いつでも首を切れるようにしておきたい、経済界では常識的な固定費削減の浅知恵と同じだが、とうとうプロ野球にまで蔓延してきたようだ。でも野球の世界にその発想はなじまない。育成でなく正規のドラフト指名であることがどんなに選手に誇りを持たせ、その後のがんばりにつながるか、球団は考えてみたことが無いのだろうか。



 団塊農耕派はひねくれているので育成枠を全否定するが、肝心の選手がそこからスタートしたいと言うのであれば反対はしない。


 でもその生き方は「いろいろな働き方があるよ」に乗せられて非正規を選び、今になって後悔している人たちに通じ、人生の先輩、いや野球少年の成れの果てとしては、その「自滅のルート」をつぶしてあげたいのである。



 育成枠は若者を餌食にしているだけではない。今年の巨人軍は怪我をしたり、衰えの目立つベテラン選手をこの枠に入れ、避難場所として使っていた。ここに入れておけば他球団に取られる心配がないからだ。


 あきらかに制度の趣旨をねじ曲げているが、その元凶だったダメ監督がやっと辞めてくれたので、少しは魂の通った制度になるかもしれない。



 団塊の世代は経済成長に目がくらみ、結果的に取り返しのつかない差別社会を作ってしまった。最近知ったことだが、いま小中学校には驚くほどの数の非常勤の講師が居て、正式資格を持つ教諭と差別されている。また発展途上国からの労働者が教育実習と言う響きの良い言葉のもとで、劣悪な労働条件で使われている。その悪評は国の恥として認識され始めている。


 コロナ禍でアジアからの実習生に去られた日本の雇用主は死活問題だと被害者面(づら)をするが、これも本末転倒だ。


 彼らの低賃金を前提とした経営計画が破綻しただけのことで、同情に値しない。適切な労働対価を支払えばやっていけないと言うのなら、そもそも起業したこと自体が間違いだし、さっさと廃業すればいい。


 かつての日本には終身雇用や徒弟制度など誇るべき育成方法があったが、いまそれは進歩的な経営者に否定され、血の通わないやり方が主流になっている。「思いやり」が経営の基幹にある会社だけが伸びる、そんなまともな社会が戻らないものかと思う。

(団塊農耕派)

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