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【日本商業新聞 コラム】心意気と美学 -662- 代役(2)

 半世紀以上も前のこと、高校の卒業式で団塊農耕派は一世一代の親孝行をした。


 入学して3年間、一度も息子の通った高校を見たことのなかった母が、なぜか卒業式に出たいと言い出した。卒業生が700人もいるマンモス校の卒業式なので父兄は講堂に入らず、控え室で音声だけ聞くことになっていたので、来ることをあきらめさせたかったが、母はどうしても行くと言ってきかない。それまで息子の教育や言動に全く無頓着だった母に生じた異変、家族はあきれるだけだった。


 卒業式に父兄が集まり始めた。4階の教室から正門が見えるが、開始時間が近づいても母の姿を確認することができなかった。やはり来るのが億劫になったのかなと思ったが、そうではなかった、開始の一時間以上前に来て、父兄控え室の開くのを待っていたと言うのだ。


 退屈な卒業式が始まり、そろそろ居眠りを決め込もうかと思ったとき、団塊農耕派のところに腕章をまいた教師がやってきて、席を替われと言う。それも最前列へ行けと言う。事情を飲み込めない団塊農耕派に教師が面倒くさそうに小声で囁く。「U君が東大の2次試験で急に来れなくなったと言ってきた。代わりをやってくれ」クラスメートのU君が総代として卒業証書をもらうことになっていたのも知らない団塊農耕派はまさかの事態に驚くが、流されるしかなかった。壇上に登って賞状をもらうだけのことだったから。


 それにしてもなぜ自分が…。重責(?)を果たしたあと団塊農耕派はその人選過程が気になった。U君ほど成績は良くなく、熱心にクラブ活動に励んだことも無く、品行に至っては集団キセルの前科もある…、全く腑に落ちなかった。件の教師に聞いてみたが教えてくれず、担任の教師に聞いても「なぜおまえが」と逆に聞かれる始末だった。いま思うに誰でもよかったのだと思う。たまたま担当教師の視野に団塊農耕派が入っただけのことかもしれない。猿之助に代わって見事に代役を務めた若手歌舞伎俳優とはそもそも次元が違った。


 驚いたのは団塊農耕派だけではなかった。「以上総代!○○」に母は飛び上がるほど驚いたと言う。「こんな目出度いことをなぜ教えてくれなかったの?」と帰宅した母は団塊農耕派を責めたが、顔は喜色満面で誇らしげだった。「代役だよ」と言いたかったが、母の喜びを半減させそうなので止めた。


 母は目出度いことがあると必ず赤飯を炊いた。この夜も例にもれなかった。隣近所に配る分まで作っていた。同じようなことは小学6年生のときにもあった。赤飯を持たされて隣の家に行ったが、それは何と団塊農耕派が級長になったお祝いだった。隣家のおばさんにおめでとうと言われ、恥ずかしくなったことを憶えている。


 母は代役の真相を知らないまま5年前に亡くなったが、時々あの卒業式のことを思い出す。出不精の母がなぜ卒業式に出たがったのだろう。「胸騒ぎ」という言葉があるが、母は団塊農耕派に起こるシナリオを予感していたのだろうか。小学1年生の運動会で息子が一等賞を取ったのに、盲腸炎に罹ってその晴れ姿を見ることが出来なかった母は、そのことをずっと悔やんでいたが、神様はその埋め合わせをしてくれたのかもしれない。

(団塊農耕派)

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