【日本商業新聞 コラム】-767- 遅刻は罪悪
- 日本商業新聞
- 7月28日
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臆病なのか心配性なのかわからないが団塊農耕派は遅刻を恐れる。だからいつも余裕をもって出かけるが、その余裕が半端でない。約束の時間の1時間以上前に着くのも珍しくない。
電車が遅れることはめったに無いが、団塊農耕派は要らぬ心配を重ねる。「今日は雨」「乗り継ぎの時間が短い」「弁当を買う時間も要る」「途中でトイレに行くかも」…、と早く家を出る根拠が次から次へと加わっていく。車で外出するときはもっと慎重で、あらゆるところの混雑を想定し、ガソリンの残量まで把握して、家族も驚くほど早く家を出る。
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それでも遅刻するより良いと自己正当化している。長い人生で遅刻で損したことなど一度も無いのにこの気苦労、周囲は不思議がるが、おそらく遺伝だと思う。父も母もあきれるほどのせっかちで、子どもの頃、学校へは始業の1時間前に行かされた。
そんな性格だから遅刻をなんとも思わない若い人には苦言を呈したくなるが、じっと堪えることにしている。若い人と一緒に出張に行くとき、彼らが発車時間直前に現れても、駅弁まで買って、優しく出迎えることのほうが多い。自分は1時間前から来ていたが、「今来たたばかりだ」とウソをつきながら。
ところがそれほど広い心の持ち主の団塊農耕派だが、最近はやや気になることがある。時間に無頓着なために、相手や社会に迷惑をかける事案が続いていることだ。悪意があったわけではないが、細心の注意を払わなかったばかりに不都合を招いているケースで、団塊農耕派も物分りの良いジジイをやめて、小言ジジイに戻ろうかと思っている。
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2つの例を挙げる。一つはJRの夜間工事がこれまでのように時間通りに終わらず、翌日の通勤通学の足を止めているという事実だ。きめの細かい工程図に基づいて成されていたはずの工事も最近は計画の誤差が目立つようになってきたと言う。計画の甘さや人員確保の難しさなど遅延の理由はたくさんあるかもしれないが、翌朝の始発までに確実に終わらせると言う使命感が昔の人ほど無いのではないかと思ってしまう。
もうひとつはある大手化粧品会社の無責任性だ。計画していた恒例の販促プロモーションを直前に止めて小売店の失望を買ったり、期待を持たせて発売予告までしていた商品を生産都合で発売延期にしたり、時間の管理が疎かだと言われても返す言葉が無いと思う。
しかしこの2つの例は、遅刻遅延につながる時間感覚のズレというよりは基本動作の欠如と言ったほうが正しいかもしれない。だとすれば問題はより深刻になる。飲み会の遅刻は許されても、企業の約束の反故や延期は決して許されないのだから。
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その飲み会だって遅刻には厳罰をもって臨んだほうがいいかもしれない。集合場所も時間もスマホ任せで事前の確認をしない、そんな生活態度の積み重ねが、相手に不快感を与えるのなら、飲み会に遅れたら1分100円くらい追徴すればいいと思う。
また受験日に台風などの理由で受験生が遅刻しそうになった時、大学側は決まって開始時間を遅らすが、これは本末転倒。遅延を考慮して早出して既に会場に着いている真面目な受験生にハンデを与えることになる。余計なお世話はしないほうがいい。
(団塊農耕派)



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