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【日本商業新聞 コラム】-766- 自衛隊に入ろう

  • 日本商業新聞
  • 7月22日
  • 読了時間: 3分

ラオスには「ノイ」さんや「ニョド」さんがたくさんいる。〝ちび〟と〝のっぽ〟を意味するあだ名だが、暗さは無く、嫌がらず受け入れている。


みな正式な名前を持っているが、その名前で呼ばれることはめったにない。心身の特徴を揶揄してあだ名にしてしまうことに対する罪悪感はまだこの国には無いようだ。



それに対して日本では過剰なまでの人権意識が一般化して、笑って済まされるものまで差別用語としてその使用を控えている。しかし半世紀前は違った。団塊農耕派が少年時代を送った千葉県の田舎ではいまならとても許されないあだ名が飛び交っていた。


「スカンク」「ぶすら」「オンナ男」「じょろ介」「てん坊」「チョン公」…、いまでもそれが何を意味するか、誰を指すか、そして彼らが如何にそのあだ名を嫌っていたか、苦しんでいたか、思い出すたびに自責の念が沸いてくる。もちろん団塊農耕派は名づけの親ではないが、それを無邪気に使っていたことは事実だから。


今なら親が学校に乗り込み、強くあだ名の撤回を求めるだろうが、昔はそんな親は居なかった。だからいやなあだ名の消滅には時間を待つしかなかった。「おかちめんこ」とは上野の御徒町には美人が居ないという偏見に基づくものだったが、町内会がクレームを出さなかったので、市民権を得た言葉になってしまった。



しかし日本の高度成長は人権意識の高揚という正義の産物を連れてきた。そして最近ではひどいあだ名や差別表現は一部の過激なネットサイトや暴走を続けるトランプ大統領周辺以外からは発せられなくなっている。


とてもめでたいことだが、一方で過剰反応としか思えない自粛も少なからず有る。「看護婦」も「スチュワーデス」もダメとなると昭和世代は混乱の極みだ。作家やマスコミが言語チェックに費やす時間も少なくないと言う。


「障害者」はダメで「障碍者」にしてほしいとある出版社から指導されたことがあるが、障碍者は本当に「害」の字を嫌っているのだろうか。


また「あんま」という言葉は目の障害と同義語なので使わないと言うが、「あん摩マッサージ指圧師」という国家資格はいまでも歴然と残っており、プロの指圧師は「あんま」という伝承技術に誇りさえ持っている。このように当事者の気持ちに寄り添わない差別用語を誕生させて悦に入る部外者がたくさんいるが、その深情け過ぎる発想は有難迷惑以外の何者でもない。



ところで先の国会で「豊かな家庭の子は自衛隊なんかに入りませんよ」と暴言を吐いた女性議員が居たが、今どき珍しい人権意識の薄い人と言わざるを得ない。彼女の自衛隊に対する偏見が言葉になってしまったわけだが、同じように自衛隊をパロディ風に歌った「自衛隊に入ろう」という曲(歌手・高田渉)はいまだに放送禁止の扱いを受けている。


歌詞がそれほど過激ではないのに処分されたのはこの曲の持つ雰囲気に人権問題に敏感な関係者が気分を害しただけで、彼女の発言よりずっと罪は軽いと思うのだが、これからもこの曲がテレビで流れることはない。彼女は詫びて一件落着のようだが、反省の気持があるのならこの曲を国会で歌って、隊員勧誘に一役買えばいいと思う。

(団塊農耕派)

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