東京メトロが上場した日、一世を風靡したある電気会社の倒産が報じられた。船井電機だ。
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団塊農耕派がアメリカにいた1985年、北米の電気屋やスーパーで売れていたテレビはパナソニックでも東芝でもなく、船井電機製の「テレビデオ」と言うものだった。高い技術力と安い価格がそれを支えていた。
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しかしこの40年は衰退の歴史だったようだ。FUNAIも日本の白物家電メーカーと同じ悲哀を味わっていたが、命取りになったのは異業種(美容業界)への進出の失敗で、買収した脱毛サロンチェインの負債が経営を逼迫したと言う。この負債は買収前のものであり、経営トップの判断力も問題視されているが、いずれにしてもヤマダ電機などいろいろな企業と業務提携を繰り返すうちに自社の良さを忘れてしまったのだと思う。
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企業が伸びていくために「多角化」は必要だと唱える人は多いが、団塊農耕派はそうは思わない。成長期であっても衰退期であっても他人の芝生の良さに憧れてはいけない。その企業の持つ遺伝子を損なうことなしに、また進出する分野に混乱と不幸を生じさせることなしに進出するのは至難の業だと思う。とくに成長期の企業が進出した場合は業界の勢力図を塗り変えることになってしまい、古くからの会社を追い詰めることになる。
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しかし資金力のある大企業や半国営企業の多角化はとどまるところを知らない。鉄道各社は運賃収入より駅ビルの経営に力を入れ、郵便局は本業の郵便事業を縮小している。最近JRの事故が多くなったこと、郵便料金が大幅に値上がりしたこと、それらの原因に本業への資源配分の低下があるのなら本末転倒である。
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東京メトロの社長が上場時の記者会見で、これからは本業以外の事業に力を入れていくと嬉しそうに語ったが、またひとつ面倒な企業が増えてしまった。メトロ直結のホテルを作って儲けるのではなく、防災シェルターとしての機能を強化するとか、駅や車内の安全性や快適性を向上させるとか、志の高いことを言ってほしかったが、そんな非生産的なことには興味は無いようだ。
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「井の中の蛙…されど天の高きを知る」という言葉は外の賑わいに惑わされて「自分も」と一念発起して井戸から出るよりも、中にとどまり研鑽を重ねたほうが得られるものが多いという格言で、ひたすら本業に勤しみ、その価値を深めることの大切さを示唆している。
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化粧品業界という穏やかな井戸でも試行錯誤や葛藤は少なからずあった。かつてKA社は磁気テープの素材開発を、S社は分析機器の開発を手がけたが、いずれも道半ばで撤退している。また多くの海外著名ブランドを大金をはたいて買収しても成功したためしがない。その分愚直に本業に励んでいたら今頃は…、と思う当事者も少なくない。
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化粧品作りにおいても同じことが言える。売れ筋の商品であってもいじくりたくなる。他社の先行品が気になり、似たような機能をつけて売り出すが、売れるのはその時だけで、3年後には数品の売り上げを足しても元の1本分にも届かない。愚かなことだと思う。
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そのせいか昨今の化粧品の寿命は驚くほど短い。認知されるまえに墓場送りになってしまう。商品は子供と同じ。可愛くなくても頭が悪くても育てなくてはならない。
(団塊農耕派)
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