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日本商業新聞

【日本商業新聞 コラム】心意気と美学 -680- 雉の卵

夏は雑草の生えるスピードが速い。


農家でもある団塊農耕派の家の自慢はその広さだけだが、数週間前に刈ったばかりなのに庭も畑も、そして休耕田も草ぼうぼうになっている。刈り払い機の登場となるが、背丈ほどに伸びた草を刈るのは相当な重労働だ。


その作業で気をつけるのは草むらに隠れている小動物を傷つけないことだが、早く終わ

らせようと力任せに振り回していると、ときに心ならずも殺傷行為に及んでしまうことが

ある。


稲刈り時に絶滅種と言われている「かやねずみ」の巣を切り落として、子ねずみの

安住の住処をうばってしまったり、泥の中に居た亀の首をちょん切ってしまったり、動物

愛護団体に知られたら批判を受けそうなことを草刈り作業中に何度もしでかしている。


梅雨末期のある日、明日から大雨になるというので、団塊農耕派は朝から草刈りに励ん

でいた。種々の雑草がところかまわず生えており、牧野富太郎なら興味を示すかもしれな

いななどとノーテンキに思いつつ、作業を進めて行くと、足元に11個の卵を発見する。幸

いにも卵は無事で、親鳥の姿も見えない。卵の正体は直ぐにわかった。雉だ。この草むら

を住処とし、時々けたたましい鳴き声をあげているのを何度も目撃していた。


雉は畑の作物や庭の果実を食べてしまうので、農家には歓迎されない鳥だが、それでも

その命を奪うわけにはいかず、団塊農耕派は途方にくれる。草むらはすでに広っぱになっ

てしまい、卵は無防備な状態にさらされている。プーチンみたいなカラスがやってきてつ

いばんでしまうかもしれない。屋内に適当な環境を作って、人の手で孵化させるのも一つ

の選択肢だと思ったりもした。親鳥の意見も聞いてみたかったが、団塊農耕派の作業中に

姿を見せることはなかった。


夜、気になるので懐中電灯をもって卵のところに行って見ると、なんと親鳥が戻ってき

て卵を暖めている。雉は臆病な鳥で、人間の気配を感じるとすぐに飛び去るが、このとき

はそうではなかった。団塊農耕派が目前に迫っても逃げようとしなかった。親の愛の強さ

をしみじみと感じたが、一方でこの親子をひどい目に遭わせたのは自分だと思うと、自責

の念に駆られた。深夜になり大雨が降り始め、気温も下がってきたが、親鳥は温め作業を

止めなかった。温めているのか、敵から守っているのかわからないが、無防備な状態で危

険も顧みず、ひたすら雨に打たれながらも温め続ける姿は〝健気〟という言葉がピッタリ

だった。


ところがつかの間の平安はカラスによって壊されてしまう。翌朝、雨に当たらないよう

に簡易の庇(ひさし)をつくってあげようと思い、板切れをもって親子のところに行って

みると、その惨劇は既に終わっていた。11個の卵は一つ残らずカラスの胃袋に収まってし

まっていたようで、現場で数匹のカラスが憎らしげに乱舞していた。


団塊農耕派は反省している。人間にとって厄介者の雑草も雉にとっては命の綱。その部

分だけでも刈り残しておけばよかった。最近熊が出没するニュースが頻繁に流れているが

、これも人間様が熊の住処を脅かしたからだ。山を開墾するのも雑草を刈るのも同レベル

の犯罪…、里山で暮らすにはそのくらいの「共生」意識が求められる。

(団塊農耕派)

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