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【日本商業新聞 コラム】心意気と美学 -675- №2の劣化

ここまで役人は劣化してしまったかと思う光景だった。


水俣病の患者側と環境庁の懇談会でその腹立たしい事件は起きた。患者側の老人のスピーチが3分になった途端、環境庁の役人がマイクの電源を切ったのだ。


各種の学会でも制限時間を越えるとチャイムを鳴らして終了を促すが、問答無用で終わらすことなど絶対に無い。テレビのニュースが乱暴なやりかたに抗議する患者側を尻目に帰り支度をいそぐ役人を映していたが、人間性を疑わせる光景だった。患者のことよりも一刻も早く会議を終わらせたい、その一念だけでこの会議に臨んでいたことが分かってしまった。


環境庁にとって水俣病とは自身の存在意義そのものだったはず、最も聴く耳を持たなければいけない案件のはず、なのにこの体たらく、環境庁の設立理念はどこに行ってしまったのかと思う。その後、環境庁長官は陳謝したが、彼に落ち度は無く、批判されるべきはその下の人たち、すなわち№2、№3の役人たちだ。


一方で脈々と築いてきた関係を疎んじて取引先の顰蹙を買っている企業もある。とりわけ革新的な社長を迎えてしまった会社によく見られる。


社長はこれまでの悪弊を嫌い、大胆な改革を試みるが、悲しいかなこの会社が築き上げてきた秘伝のタレを知らない。いや知ろうとしない。それを教え、新旧の融合を提唱するのがその下あたりの役員や部長クラスの仕事なのだが、彼等はそうすることが社長の怒りを買うと勝手に恐れ、ダンマリを決め込む。そしてその戦略が失敗すれば「それみたことか」と陰で社長の悪口を言う。社長が退陣でもしようものなら社員と一緒になって批判を繰り返す。社長の好みでやってくる社外取締役もほとんどが賞味期限切れ。外の空気を入れるのに躍起になるが、内の空気を低く見るので、何年経っても異邦人のまま。対外的な評価ばかりを気にして肝心の商売には興味を示さない。それでもいいのが社外取締役らしいので、なんと美味しいポストかと思う。社員も五十歩百歩、誰も火中の栗を拾わないし、会社の方針に盲目的に従う。大きな組織の中で生き残るには荒波を立てないことがいちばんだと自覚している。


ドッジボールで逃げ回る非力な選手そのもの、戦意など無く、ただ〝かわす〟のみ。


独断専行の社長、無事これ名馬の役員、お邪魔虫の社外役員、そして無気力な社員、彼らが寄ってたかってそれまで培ってきた遺伝子を無秩序にぶちこわし、どこにもある無個性な企業にしていく、それが昨今の〝進んでいる〟と言われる企業の内情のようだ。


日本企業の成長が止まったのはこの〝黙して語らない〟№2以下の人材のせいだと思う。昨今、営業マンは大切な取引先にも「予算が無いのでご馳走できません」と付き合いを避け、デザイナーは「コストが無いのでリッチなデザインは出来ません」と言う…、会社の方針としてコスト削減の大号令が出ているからだと思うが、トップは本当に必要な案件にはお金を惜しまないはず。


なのに№2以下はいつもビクビク後ろ向き。チャレンジ心や切磋琢磨と言う言葉が死語になっている会社はこうして活力を失って行く。ならばせめて№5くらいに居る若者に存在感と気概を示してもらいたいものだが、代行業者に頼まなければ退社手続きも出来ない世代にそれを期待するのは酷かもしれない。

(団塊農耕派)

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