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【日本商業新聞 コラム】心意気と美学 -671- お嬢様

山野を駆け巡って遊んでいた野生児が最初に出会ったお嬢様は横浜からの転校生だった。


ともに中学1年生だったが、振る舞いに大人顔負けの色気があった。もうブラジャーを着けているのではないかという噂も流れ、その神秘性は増すばかりだったが、純朴な野生児には話しかける勇気は無かった。


心臓に持病を持っているらしく、体育はいつも見学、遠足には女優さんのような母親がついてきた。昼休みは赤いカバーのついた文庫本を読みながら教室の窓から野球に興じる同級生たちを見るのが彼女の日課だったが、たった一度だけ野生児のヒットに笑顔を見せたことがあった。同級生はそれは誤解かウソだと今でも言うが、野生児は確実にそのとき彼女と目を合わせていたのだ。誰が何と言おうとも。


しかしそれが唯一の接点で、同じ教室に居てもほとんど話せないまま半年が過ぎ、突然彼女が居なくなった。千葉市にある大学病院に入院したそうで、同級生たちは見舞いに行ったが、野生児は行かなかった。自分は特別だという大きな錯覚があり、しばらく経ったら新しい文庫本を買って一人で行くつもりだった。


出来もしないことを妄想し、最後は屈折する悪いクセはこのころから始まったようだ。彼女は結局学校へは戻って来なかった。回復して横浜に戻ったという説と病院で亡くなったという説がまことしやかに囁かれたが、教師が何も言わなかったこともあり、事実は分からずじまいだった。「色白で、おしとやかで、病弱」これが彼女に教わったお嬢様の最初の定義となった。


二人目のお嬢さまはS社に同期入社した女性だ。都内の豪邸に住んでいた。


祖父は有名な学者で、彼女はそれを誇りにしていたが、彼女の生き様はきわめて地味で、それを鼻にかけるようなことはなかった。


同じ研究室で働いていたとき、野生児は彼女の実験机の上に転がっていた3センチくらいの古い鉛筆を黙って借りたことがある。しかしもう削れないほどの短さだったので、返却せずに捨ててしまった。ところが予期せぬことが起こる。「ワタシの鉛筆を盗んだ、返せ!」と真顔を責めるのである。豪邸のお嬢様の急変に驚いたが、それは意外なことではなく、質素な生活習慣を見につけていた彼女にとっては許せないことだったようだ。お嬢様の2つ目の定義である「質素」「地味」は彼女をイメージしている。


3人目のお嬢様は就職相談にやってきた都内の女子大生だった。野生児はS社勤務の晩年、都内の大学のゼミの面倒を見ていたが、彼女はM学院のゼミの3年生でS社への就職を希望していた。素直な性格で、いろいろ人生経験を積みたいと語り、実は卒業旅行をかねて近々人生初の一人旅に出る予定と恥ずかしげに言う。


どこへ行くのか興味があったので聞いてみると思いもかけない回答が返ってきた。「銚子です」。同世代の学生のほとんどが親の脛をかじって海外に行く時代、隣県の銚子とは!そしてそれをとても冒険的なことだと思っているとは!一時代前の世間知らずのお嬢様の危なっかしい生き様を見たような気がした。3番目のお嬢様の定義、「世間しらず」「時代遅れ」は彼女によってもたらされた。


こうして野生児は「お嬢様像」を勝手に作り上げ、妄想を重ねてきたが、自分が「お坊っちゃま」でなかったことが災いし、お嬢様と仲良くなることはなかった。

(団塊農耕派)

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