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【日本商業新聞 コラム】心意気と美学 -669- 大谷クンのピンチ

日本には「ありがとう」という綺麗な言葉があるが、それ以外にも32通りの感謝の言葉があるという。


その中でも最上級の言い回しは「感謝の言葉もありません」と言うのだから、それを英訳した外国人が驚くのも無理はない。一方アメリカでは「サンキュー」がひとつあれば用が足りるようだが、この唯一無二の「サンキュー」も日本では一番感謝心の薄いときに使われると件の外国人は嘆く。日米の言葉に対する意識ギャップは面白い。


信頼していた通訳が賭博に走り、会見に臨んだ大谷選手の使った言葉は予想外の強いものだった。「彼はウソをついた。私は何も知らなかった」と何度も言い切ったが、それが昨日まで身内同然に暮らしてきた通訳に向けた言葉であるだけに違和感を持った日本人は少なくないと思う。


悪いことをした人を切り捨てるのは正義だし、それがアメリカ流のわかりやすい決着方法だと思うが、そこに何かしらの日本流の救いの手を入れられなかったものか、と曖昧な決着に慣れている団塊農耕派は思うのである。今回のニュースが流れた時、団塊農耕派は通訳をかばい証言のツジツマ合わせまで考える大谷選手を想像したが、彼に健さんのような見境の無い任侠心は無かった。


シロクロをはっきり言わないとアメリカでは理解されないと言うが、大谷選手はそれを知っていて、あるいは誰かの入れ知恵で、彼は優しい心根を心ならずも封印したのかもしれない。短絡的にしか物事を判断しない人種の中で暮らすとそんな処世術が身についてしまうようだ。


余談だが、日本でも裁判では余計な事を言うと叱られ、上げ足を取られるのが普通らしい。30年ほど前、ある化粧品販売会社が分離沈殿してしまったネールエナメルをめぐってそれを作ったOEM会社を訴え、S社の研究員が証人として法廷に呼ばれたことがあったが、そこで研究員は身動きの取れない状況に置かれたと言う。「分離沈殿はエナメルにとってよくあることなのか、それともめったにないことなのか」と聞かれたので、様々なケースを説明しようとすると、検事からも裁判長からも、「イエスかノーだけで答えなさい」と言われ、分離沈殿の因果関係など全く話せなかったという。大谷選手も訴訟社会になじんだ人たちにわかってもらうには曖昧な回答は良くないと思ったのだろう。


坂口安吾は金閣寺や平等院鳳凰堂が焼けても惜しくはないが、下町の銭湯や長屋が焼けるのは辛いと書いている。人間が暮らしていくのに必要な最小限のものは守りたいが、贅を凝らしたものは燃えてもいいと言い、世界で一番美しい建物は生き残るだけの最小機能しか持たない小菅刑務所だと言い切る。この独断と決めつけが団塊農耕派のコラムの中にも散見されると言う理由で、ある人から安吾と作風が似ていると言われたことがあるが、今回の大谷事件で真逆であることがはっきりした。


団塊農耕派は「感謝の言葉もありません」のような言葉遊びを否定しないどころか、それが日本文化の奥行だと言って、これからもその種の才覚を持たない欧米人を小ばかにするつもりだ。坂口安吾が小菅の刑務所が好きならば、団塊農耕派は金閣寺をこよなく愛し、それを形容する言葉を弄してみたいのである。アナログ人間から決別できない男の隠れ蓑かもしれないが。

(団塊農耕派)

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