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【日本商業新聞 コラム】心意気と美学 -655- 朝礼

 令和5年の晩秋、団塊農耕派は横浜桜木町のおしゃれなレストランを目指し急な上り坂を歩いていた。お土産に持ってきた20個の羊羹がとても重い。送迎バスを使えばよかったと悔やむが、ここまできて引き返すわけには行かなかった。このあと愉しみが待っている、その一念だけが団塊農耕派にエネルギーを与えた。


 団塊農耕派には師と仰げる人が3人居る。一人は県立高校に落ちたとき「ざまあみろ」と励ましてくれた中学の老教師。二人目が裏口に近いやり方で大学に送り込んでくれた高校の校長。そして3人目が商品開発の王道を教えてくれたS社の先輩。人生の節々で出会ったこの3人に人生のお膳立てをしてもらったと言っても過言ではない。


 この日はその上司(Sさん)と団塊農耕派を囲む会をS社の後輩たちが仕組んでくれた。二人の誕生日が近いということもあり、名目は顔が赤らむ「ジョイントバースデー」。


 すでに10年の歴史のある会だったが、ここ数年はコロナのせいで開催できずにいた。そんな久しぶりの会だったので、20人もの後輩たちが休日の昼、横浜の地に集まってくれた。全員がSさんの門下生を自認する人たちで、団塊農耕派はその組の代貸しみたいな存在だった。


 Sさんの化粧品開発にかけるスキルと情熱は団塊農耕派がいくら背伸びしても届かないところにあり、それは門下生も同じ思いだった。開発とは感性だと言いつつも、その感性を磨く論理的な手法を実にシステマティックに語ることもでき、門下生はその見事さに感服しつつ、自分なりに消化する努力を重ねた。そんな地道な努力をする集団が現実にS社の中にあったのだから、この一門からでる商品の出来栄えは周囲を大きくしのいでいた。


 週に一度の朝礼がレクチャーの場となっていた。あらかじめ用意してきた手書きの資料をもとに朝礼という名の1時間の勉強会が始まる。Sさんは手を抜くことを一番嫌っていた。


 「だらし」について定義し、「だらしない」を科学し、種々のだらしない開発手法をなじった。直ぐに結論を出しがちの団塊農耕派にとってSさんの手法は、時にかったるく、オーソドックスすぎると思ったが、見通しだけで出した拙速な判断がまさかの危機を招いたケースを何度も経験すると、Sさんから毎週もらう資料がバイブルに見えてきたものだ。


 この日、参加者の一人がこのバイブルを持ってきた。皆懐かしさに声をあげたが、誰一人コピーを欲しいとは言わなかった。みな大切に保管していると言う。団塊農耕派もその一人で、100枚以上にもなる資料はいまでも書棚の奥にしまってある。


 非生産的な朝礼も経験した。研究所時代の上司だ。毎日始業時に集められるのだが、伝達事項も教訓もなく、無駄な時間を費やした。実験を始めている研究員はその手を止めなくてはならず、若い女子社員はお茶の用意をしなくてはならず、皆うんざりしていたのだが、朝礼を自己のステータスと感じているこの上司がこの愚行を止めることはなかった。


 自宅でも仕事のできる時代、朝礼はますます形骸化していくと思われるが、ちょっと発想を変えてみたらいい。皆が成長できる高質でユニークな朝礼のカタチがきっとあるはず。いくつかの朝礼を体感した団塊農耕派が言うのだから間違いはない。

(団塊農耕派)

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