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日本商業新聞

【日本商業新聞 コラム】心意気と美学 -651- レトロな化粧品店

 ハイボール発祥の地、松山にあった「露口」という老舗のバーが、閉店に伴いそのままの形でサントリーの山崎蒸留所に移設されました。使い古した木のカウンター、時代モノの商品が鎮座する観音開きの商品棚、昭和の酒飲みにとってとても居心地のよい空間らしく、工場見学の人も増えているそうです。


 化粧品店の店舗にも誇れる文化遺産があると思います。でもオシャレと清潔感と合理性が求められる化粧品店がそれを守っていくのは大変で、また企業の店舗設計デザイナーの勘違いもあり、遺産は惜しげもなく葬られてきたような気がします。ドンキのように雑然としていても、忍者屋敷のように消防法違反でも、それはそれなりに風情や価値のあるものだと思う気持ち、いや頑なさが大切だと思いますが、古さに良さを感じず、遺産を遺産と思わず、最新性ばかりを追求し、新装開店した他店があれば、自分もそうしたいと思う経営者がやたら増えてしまったような気がします。


 そう考えると過去に某メーカーがやってきた新業態店舗の提案も、デザイナーの自己満足にすぎない接客カウンターの設計も、店から個性を奪うお粗末な施策だったかもしれません。五右衛門風呂の温かさと不便さを否定してユニットバスの販促に動いたお風呂業者みたいなもので、これらの提案が短命で終わった理由がわかるような気がします。


 無くなるものはなんで美しく、感傷的になります。通信分野で言えば、電報は固定電話に駆逐され、固定電話はケータイに、そのケータイもスマホに、といったようにこの半世紀の間の主役交代が頻繁におこなわれました。しかし道を譲ったそれらのものは愛好する人に、あるいは博物館に保存されていて、その栄光を見ることができます。


 復活してしまったものもあります。息の根を止められたと思っていたレコード盤が売れています。好きな時に好きな曲を聴ける便利さが若者につまらなく思われ始め、面倒だけどアーティストの息遣いが感じられるアルバムに価値を見出しているようです。


 喫茶店もそうです。珈琲の味などどうでもよく、集合場所か事務室に成り下がっているスタバやドトールよりも、珈琲のうんちくをたれるマスターの居る場末の〝きっちゃてん〟に憧れる人は少なくありません。パープルシャドウズの歌った「小さなスナック」では赤いレンガと白い扉でしたが、団塊農耕派はそんな店を見つけるとついつい中を覗いてしまいます。


 レコード盤も小さな喫茶店も、探せばどこかに残っています。しかし居心地の良い古い化粧品店はなかなか見つけることができません。メーカーと小売店は化粧品文化を支えた両雄ですが、前者が企業歴史館などを作り賑々しく歴史を語るのに対し、もう一方の雄はその歴史を封印し、消え去る運命にある店さえあります。不公平と言わざるを得ません。


 サントリーのような心意気を化粧品のメーカーに期待したいものです。企業歴史館の中にご自慢の商品や宣伝物だけでなく、当時の市井の店舗を再現し、懐かしい商品や販促物で埋まる空間をぜひ作ってほしいと思います。そこではメーカーと小売店を結ぶ盟友の絆がいかに強固で、人間味にあふれたものだったかを知ることができます。(団塊農耕派)

(団塊農耕派)

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