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【日本商業新聞 コラム】心意気と美学 -627- 不幸自慢

 妻マリーアントワネットにコケにされたルイ16世と大軍を擁しながら織田信長に負けた今川義元と千円札から降りることになった聖徳太子が不幸自慢をしたというパロディがあるが、いちばん不幸だと皆の意見が一致したのは聖徳太子だった。


 ルイ16世も今川義元もたしかに晩年は屈辱的な人生を送ったが、それでも歴史に名を残している。後世にファンもできた。でも聖徳太子は最近になって「そんな人は実在しなかったのではないか」と言われ始め、歴史から抹殺される可能性があると言う。停学と除籍くらいの差があるのだから聖徳太子の危機感は尋常ではないのだろう。近々正真正銘の不幸者になるかもしれない。


 不幸自慢や病気自慢は年寄りの専売特許だが、本当に苦しんでいる人はそれに加わらない。そうではない人がまだまだ余裕があるから、他人の不幸に比べて自分の不幸の小ささを確認して喜ぶのである。同情に値しない。


 化粧品の世界も同じだ。インフラが足りない、人が居ない、トップの指示がでたらめ、そして挙句は「この会社に未来はない」…、あいさつ代わりにそんな不平不満を言う人が居る。でもこの人が辞めたり、トップに直訴したりすることは無い。口で言うほど差し迫った切実感は無い。


 恵まれない環境だからこそできることもある。緻密な手作業が画一的な機械生産に勝ることはいくらでもあり、昨今はそれを望む消費者も多い。匠が本領を発揮するには会社の規模は小さく、立派な機械など無いほうがいい。大きな会社ではAIが重宝がられ、せっかくの匠が宝の持ち腐れになっている…、そんな時代になったと嘯いてみてもいい。


 不幸の対極には必ず光明や希望があり、それを見つければ気持ちは明るくなる。街の化粧品店は「若い人が来ない」と嘆くが、代わりにお金と暇を持て余しているお年寄りは若者の数倍もいる。この大切な人をないがしろにして、若い人に迎合するのはあまりにもったいない。接点が無いと思いがちだが、若い人も肌の主治医を求めて街の化粧品屋に興味を持ち始めている。斜陽チャネルどころか将来有望な〝古くて新しいチャネル〟なのだ。


 天下の美女、楊貴妃は玄宗皇帝とともに中国で死んだはずだが、日本に逃げ延びたという説もあり、山口県のあるお寺には楊貴妃の銅像まである。また熱田神宮の神様が実は楊貴妃で、玄宗皇帝に日本侵略をあきらめさせるために色仕掛けで接近したという話も残されている。浦島太郎もどこかの海岸に流れ着き、そこで玉手箱を開けて老人になってしまったはずだが、神奈川県のある地域には地元の娘と結婚して幸せに暮らしたという伝説もある。


 事実などどうでもよいと思う。勝手に解釈して、都合の良い方に話をアレンジすればいい。浦島太郎は開けてはいけないと言われた箱を開けたのだから、「鶴の恩返し」同様、約束を破るとひどい目に遭うという教訓になっている。でもその結末は「赤ずきんちゃん」や「カチカチ山」のようにあまりに残酷なので、神奈川の慈悲深い人が大胆にも太郎を延命させている。そう、逆風を順風に変えるのはそれほど難しいことではない。逆風も背中を向ければ順風になるように、前向きに考えれば、すべてはバラ色になる。

(団塊農耕派)

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