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【日本商業新聞 コラム】心意気と美学 -625- チームワーク

日本中が盛り上がり、花見客の視線は満開の桜ではなく、ブルーシートに置かれた小さなテレビに注がれている。そして勝利に涙を流し、「野球は楽しい」と口を揃えて言う。WBCで我が侍ニッポンはとうとう世界一になった。


 勝利の最大の要因はチームワークだと評論家は言うが、テレビ観戦でもその分析の正しいことは良く分かる。よく弱いチームが「僕たちのチームの取り柄はチームワークの良いことです」と言うが、真のチームワークは強いチームにしか生まれない。仲良しとチームワークとは根本的に違う。


 なによりも選手の自主性と心意気を大切にする監督が可能な限り若い選手を集め、大谷やダルビッシュと言った神様的存在が、硬軟織り交ぜファイティングスピリットを発露して見せ、そこにまだ既存の監督にいじられていない伸び盛りの選手が自分の個性を発揮していく。アメリカ生まれの明るい侍、ヌートバーもその輪に溶け込む。そんなチームの強さは尋常ではなかったはずだ。


 その中に団塊農耕派はいままで経験したことのない「補欠の美学」を感じていた。

 

 団塊農耕派は「補欠」にいまでもネガティブなイメージを持っている。チームのライバルがエラーをすれば嬉しいし、使ってもらえなければ裏で監督の悪口を言う。補欠がまとまってスタンドで応援しろと言われれば、おそらく仮病でも使って球場に行かないだろう。高校2年の秋、補欠が決まれば部を辞めるつもりだった。そして敗者の美学とか言ってその行動を自己正当化していただろう。


 でも今回の日本チームには団塊農耕派のような極道はいなかった。見事に醸成されたチームワークがそのような穢れた心を消し去ったのだと思う。


 高校野球でも補欠生活の長かった団塊農耕派には、試合に出られない選手の気持ちが良く分かる。今回のWBCでは、山川というホームランバッターがそうだったが、彼は「ボクが代打に指名されない展開のほうが良い」と言った。涙の出る言葉だ。スタメンで使って欲しい、でも監督はボク以上の期待を岡本にしている。悔しいけど出たい気持ちは押しとどめなくてはいけない。それがチームワークというもの。山川はそう悟っていたと思う。代打で出て犠牲フライでアウトになったとき、1点を取ったのだから勝ち誇ればいいのに、彼は悔しそうな顔をした。これを岡本は見ていたはずだが、ここまで必死な先輩を差し置いて自分が出る以上、いい加減なプレーはできないと思ったことだろう。こうして強いチームのチームワークは出来上がっていくのだと思う。弱いチームなら、また別の監督なら山川と岡本を交互に使ったかもしれない。波風は立たないし、うまくいけばそれを采配の妙とか言って自分の評価を高めることが出来るのだから。


 半世紀たって、そしてWBCの清真さを見て、自分が補欠からなかなか抜け切れなかった理由がわかったような気がする。チームが勝つより自分が出ることのほうがうれしい不純な高校球児に野球の神様は顔を背けたのだと思う。後悔先に立たず。

(団塊農耕派)

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