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【日本商業新聞 コラム】心意気と美学 -623- 「人材育成」が死語の時代

 「企業はヒトなり」と言われ続けてきたが、その解釈の仕方に変化が生じている。団塊農耕派が社会人になった半世紀前は「人材を育てよう」とする会社が多かったが、今は「人材を買って来よう」とする会社が主流になっているような気がする。とくに大企業にその傾向が強い。そのせいか昨今の人事部には『育成』に長けた人がおらず、他人の芝生が良く見える自虐的な人たちが、有能な人事部員の顔をして『リクルート』に励んでいる。年功序列や徒弟制度で成長してきた会社なのにその成功体験を封印しようとしている。契約を他社に取られて悔しがるビズリーチのテレビCMは、必ず「どこにそんな人材が!」と叫んで見せるが、団塊農耕派は違和感を覚える。仕事の成否が担当する個人の力量だけによって決まると考える昨今の風潮はどこかおかしい。


 しかしこんな風潮の恩恵に浴している人が居る。いわゆる世間的に〝成功したと思われているヒトたち〟だ。たまたま時代の風に乗っただけなのに、もしくは時のトップに優良誤認されただけなのに、その後の人生にも特典をもらっている。柳の下のどじょうを2匹も掴み、棚から2回もボタ餅が落ちてきた幸運な人たちだ。実力の無いのは自分で承知しているので、内心びくびくしているが、知らぬが仏を決め込む鈍感力を身につけており、2度目3度目の美味しい生活を辞退しない。職に恵まれない人がたくさん居て、とりわけ若者の貧困化が目立ってきているというのに、ポストもお金も返上したりはしない。日本古来の〝謙譲の美徳〟という徳は損するものだと思っている。


 定年後の再就職が企業側からの熱い要請なら文句はつけられないが、多くの場合はそうではなく、リクルート会社などを経由して前職の肩書きと本人の盛った申告だけで入ってくる。前職を辞めるとき、みずから紳士録などに登録し、美味しい餌が掛かるのをダメモトで待っている。素性がばれてくびになるのも早いが、企業側も若手を採るときとはわけが違い、先が短いので騙されても悔しく無いようだ。ハズレにも慣れっこだ。


 人を見る目の無いトップ、仲介業の隆盛に胡坐をかくリクルート会社、そして後輩に道を譲らない年配者、この3者連合がこれまでのように自己本位な生き様を止めなければ、停滞している今の日本の経済は決して立ち直れないと思う。欧米流のジョブ型雇用に舵を切った企業にいまさら方向転換しろとは言わないが、その内容を今一度点検するときだと思う。非情な切れ味を真似するのではなく、そこに日本ならではの心の通った人材育成の仕組みを導入し、これぞ日本流のジョブ型雇用制度というものを作って欲しい。


 象徴的な非人道的企業はアメリカのGAFAや日本のソフトバンクやゴーンの時代の日産だと思う。トップのあくなき金銭欲と人材育成の放棄…、どこを見ても寒々とする。日本にも経営能力が高く、巨大な富を築いた若い経営者が輩出しはじめているが、GAFAを目指してほしくない。別の道を歩んで欲しいと思う。経営者の姿勢は必ず社風となり、社員もそれに染まる。経営者が愚直に生きれば、自分を実態以上に高く売りたい社員も居なくなる。リクルート会社や紳士録に騙されることも無くなる。

(団塊農耕派)

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