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【日本商業新聞 コラム】心意気と美学 -612- 損得勘定

  「損して得とれ」という言葉があるが、一度もそんな戦略的野望に成功したことが無い。いやそんなことを画策したこともない。投資なんていう言葉は嫌いだし、わきの甘さは天下一品だし、団塊農耕派がこの言葉の余禄に浴することはまず無いだろう。


 実は今、自分でも呆れるほどのバカな商売(?)をしている。書き続けてきたこのコラムがまとまったので年明けに出版したのだが、お金をいただくことに後ろめたさを感じ、ついつい太っ腹になってしまうのだ。


 会社時代の大先輩や憎からず思っている女性に千円を請求する度胸が無いのだ。せめて印刷代だけでも取り戻したいのだが、これまでの2回の出版時と同じように今回も赤字決算になることは目に見えている。


 それだけでない。送料をもったいなく思うのと、久しぶりに会いたくなって、本を手渡しすることが多いのだが、代わりに交通費が派生するだけでなく、後輩ならお茶代も負担することになり、ビジネスとして全く成り立たないのである。1000円の本を2000円掛けて売り歩く、なんとも情けない営業マンではある。


 同じ様なことは10年前にもあった。ラオスの若者が現地でTシャツを作り、東日本大震災の義捐金集めをしてくれた時のことだ。日本でも売ろうということになり、彼らから買い取り、団塊農耕派を中心に売り始めたのだが、義捐の商品ゆえに売れ残したくない気持ちが強く、できるだけ多くの知り合いに利益度外視の人情商法を続けたので、1枚のTシャツにかけるマーケティングコストが尋常ではなかった。


 お昼をご馳走して、その半値以下でシャツを買っていただく、相当な篤志家か馬鹿でもない限りやらないことを平然とやってしまった。団塊農耕派の財布事情からだけ考えれば、仕入れたシャツを全部捨て、自分の小遣いから義捐金を捻出したほうが損が少なく、賢い選択だったと思うのだが、当時も今もそんな選択肢は持ち合わせていない。


 でも団塊農耕派も単純なバカではない。損は金銭的なもので、それを補填して有り余る喜びや充実感を味わっているのだから、メンタル的な面を含めた収支はトントン、いやプラスなのだ。本の場合なら最大の目的は自分の著書を多くの人に読んでもらいたいという作家なら当然の欲求であり、義捐の場合もラオスの若者の優しい心根を一人でも多くの日本人に知らせたかったからに他ならない。雪をかぶった地蔵さんに売り物も傘をかぶせたおじいさんはそのお礼に莫大な金銀財宝をもらったが、そんなものをもらわなくてもおばあさんの「良いことをしましたね」のねぎらいの言葉で十分だったわけで、日本人の徳とは本来、換金の概念と折り合わないものなのだ。「損して徳とれ」ということかもしれない。


 ある老舗の化粧品専門店の奥様からも同じようなことを聞いたことがある。


 「損得だけで動くのならとっくの昔に店を閉めていたけど、そうではない。自分を頼りにしてくれるお客様が居る限り、化粧品で喜ぶ人がいる限り、愚直に尽くすつもり。それはちっとも辛くないし、むしろ生きがい」 


 団塊農耕派の儲けられない不器用さは、知らず知らずのうちに化粧品専門店から感染したもののようだ。(団塊農耕派)

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