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【日本商業新聞 コラム】心意気と美学 -192- 遅い!

 もともとせっかちな性格なのだが、歳をとったせいもあり、最近やたらに世間の人がのろまに見える。先が短いので気が焦っているのか、老人特有の〝短気症候群〟なのか、よくわからない。


 まずは何も決めない政治家に〝しっかりしろよ〟の矛先が向かう。岸田総理は「検討使」と呼ばれているそうだ。「遣唐使」をもじっているのだが、ご自分で「聞く耳を持つ」のが長所だと言ってしまったので、聞くだけで何もしないことがわかってしまった岸田さんを茶化すには恰好の形容詞になってしまった。


 「前向きに、適切に検討します」「専門家の意見を聞きながら…、」「個別の案件には…、」「第3者委員会に委ねて…、」これらは政治家の決まり文句だが、翻訳すれば「やりません」「責任はとりません」「答えたくありません」「知り合いに原因追及を頼み、軽く済ませてもらいます」と同義語だと言うことを国民は見抜いている。なのにこの言葉を繰り返すのだから、政治家の危機管理能力、いや知的能力は相当に低いことになる。


 統一教会をめぐる一連の騒動でも政治家は実に歯切れが悪い。きれいな票でも薄汚い票でも同じ一票と思ってこの教会とねんごろに付き合っているのは自明なのに、それを認めず、つじつまの合わない回答でお茶を濁そうとする。とても浅はかに見える。洗脳され、霊感商法や合同結婚式でお金を巻き上げられ、あげくは異邦の国に住まされている数千に上る日本女性は、北朝鮮に拉致された人たちと同じ境遇なのに、彼女らを救うべき政治家がその悪辣さに目を背け、あろうことかその首謀者に面倒を見てもらっているのだから、その倫理観の無さにはあきれるばかりだ。


 基幹企業もおかしい。のろまだ。そして間違いを重ねている。猫も杓子も中国やアジアに生産拠点を移し、成功体験に浸っていたのもつかの間、わきが甘いので簡単に追いつかれてしまった。国内の空洞化を感じ始めたときに、何か手を打てばよかったのに、ぐずぐずして何もせず、真似するだけの近隣諸国にあっさりと技術をかすめ取られ、気がつけば経済大国の称号を失ってしまった。命の綱ともいえる半導体の開発と生産まで止めてしまい、その後の道を考えなかった経営者には「ぐず」の称号を送りたい。


 医療の世界も同じ。感染が始まって3年がたつのにいまだ国産ワクチンのメドが立たない。儲からない地道な研究を止めてしまったから技術も止まっていて、肝心の人材もいない。窮して慌てて再スタートしても感染が内輪になるとまた研究のスピードが緩む。周りの状況を見て判断するクセがついてしまっている。野戦病院や診療船の構想もどこかに消えてしまった。また次の大感染が起きたときに検討の俎上に上るだろうが、それまでは忘却にかなたに居て、検討する人も居ないだろう。コロナの新薬も喉から手が出るほどほしいのに厚生省は自己責任を考えてだらだらと審査をし、なかなか許可しない。特例承認など日本国には縁のない言葉のようだ。「交通量が少ない横断歩道では赤信号でも渡らなくてはいけないときがある」と言うと批判をうけるが、短気なジジイにはその分別心が無い。

(団塊農耕派)