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【日本商業新聞 コラム】心意気と美学 -189- 渋滞カフェ

 見渡す限りの小麦畑、夜の9時だと言うのにまだ陽は沈まない。ノースダコタの夏は畑の黄色とそれになじまない毒々しい色のサイロが妙にバランスを取って成り立っている。小麦畑ではトラクターが数台収穫作業にいそしんでいる。団塊農耕派はさっきから車を止めてその作業を眺めているが、機械の音以外に何も聞こえず、ましてどんな男が運転しているかなど知る由も無かった。


 フロントガラスのひび割れを透明テープで貼った車がやってきて、団塊農耕派の車からそう遠くないところに停まった。小顔なのに異常に太った若い女性が降り立ち、トラクターに向って手を振ると、すべてのトラクターがいっせいにこちらに向きを変えた。


 夕食か夜食かわからないが、どうやら女性は給仕にやってきたらしい。大量のハンバーガー、鍋に入ったグリーンピースらしい緑色のスープ、正体不明の肉や野菜が見える。そばには5リッター缶のペプシが置かれている。屈強の男たちの貪り食いが始まった。彼らのほとんどは移民のようで、会話も無く、空腹を満たしていた。


 彼らが仕事に戻り、団塊農耕派も帰ろうとした時、女性が紙コップに入れたスープを持ってやってきた。「美味しいから」とか「残ったから」とか言っているようだったが、この女性も移民のようで正確に聞き取れなかった。厚意をありがたく頂戴したが、スープの不味さに閉口した。薬と言うよりヘドロで、「美味しいです」という口元が歪んでいたはずだ。


 女性は小麦畑のオーナーでもなんでもなく、5マイルほど離れたカフェの従業員で、毎日この時間に閉店後の残りものを持ってやってきて、労働者に振舞うのだそうだ。カフェのマスターもノルウェイからの移民で、ふたりでこの活動を始めてから数年経つという。


 カフェは団塊農耕派のアパートから数分のところにあった。数日後、朝食を兼ねてそのカフェに行って見た。スープの御礼もしたかったので日本から取り寄せたお菓子も用意していた。踏み切りの脇にその小さな店はあったが、店内に数人の客が居ただけで、彼女もマスターも見あたらかった。客は勝手に商品棚からサンドイッチをとり、コーヒーをカップに注いでいる。アメリカの田舎らしいのどかな風景だ。


 このとき店の外では異常な光景が繰り広げられていた。踏切が閉まり、車が列を成しており、あきらめた運転手が続々と車を降りて店に入ってくるのである。そうここは開かずの踏み切りとして州でも有名な場所で、この時間は大量の石炭と小麦を運ぶ100両編成の貨車がチンタラと通るので最低でも30分は待たなければならなかった。店の人は外に出て動かなくなった車の運転手にコーヒーとお菓子を配っていた。もちろんお金は取っていない。


 無料で奉仕を受けた人は州のコミュニティ誌に感謝の文章を寄稿していたし、無人の店で飲食した運転手は値段以上のお金をテーブルの上においていた。だから小麦畑の件も開かずの踏み切りの件も、団塊農耕派はずっと〝善意のなせる行為〟と信じてきたが、いま思うに実はよく練られた〝損して得とるマーケティグ〟だったかもしれない。善意なのか商魂なのか、もうどちらでもいいが、「渋滞カフェ」は今でもあるだろうか。

(団塊農耕派)