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【日本商業新聞 コラム】心意気と美学 -182- スピーチ百態

 国会答弁とは官僚の書いた原稿を読むことらしい。岸田総理の存在感がないのは、視線がたえず下向きで、ときどき言い直し、いかにも読んでいますと見えることだが、歴代の日本の総理の大半はこのやり方で難を逃れてきた。自分の言葉で答弁するのが総理の器だろうという人も居るが、原稿を読んだほうが正しく説明できるのなら、国家のため、それもアリと言うことだろう。


 企業のトップにも同類項がいる。原稿を自分で用意せず、担当部門に書かせ、一夜漬けで理解し、自説のごとく講演する。多忙だから、組織だから当たり前かもしれないが、団塊農耕派にはそれが出来ない。トップになったこともないくせに生意気なことを言うのはおこがましいが、団塊農耕派は他人の原稿では喋れない。部門長だった時代もあるが、部下に原稿を書かせたことなど一度もない。


 ところが他人の原稿でも流暢に喋れる人がいる。天賦の才能だと感心する。


 化粧品会社には年に一度、セミナーと称する全国規模の懇親会がある。買受け実績に応じて取引先のお店を5クラス程度に分け、都内のホテルにお招きするのだが、トップも担当部門もその回数だけ登壇して同じ内容を喋ることになる。ここでその特異な才能を発揮する人がいる。なんと毎回同じ文言、同じ手ぶり身振りで喋ることができるのだ。冗談を入れて笑いを取るところまで合致、「さっき思いついたことだが‥」と平気でウソもつく。


 とても団塊農耕派には真似できない。昨日話した内容を今日は再現できない。またしようとも思わない。昨日の社内スタッフは今日も来て、同じ退屈話を楽屋裏で聞いているのだ。「また同じことを言ってるよ」とさげすまれるのがオチだと勘繰ってしまう。


 団塊農耕派が中国地方の女子大で化粧品の講義をしたときのこと。半年で合計9回が予定されていたが、初回で半分を喋ってしまい、4回で勘弁してもらったことがある。その最終回も1回目に話した内容とダブっていたそうで、講師失格の烙印を押されてしまった。要するに講義ネタを9回に分けて計画的に喋ることができないのだ。その時思ったことを後に回せば、その時の盛り上がりが無くなってしまうと思っている。だから講義内容を整理し、少しずつ話し、講師稼業を延命させている化粧品会社のOBがとてもうらやましい。漫画「キャプテン翼」でもシュートを決める1秒間を2週にわたって描いているが、この引き延ばしの技術があれば、上述の講義でも期待に背くことは無かったのだが、悲しいかなそのスキルは団塊農耕派がどんなに努力しても身に付くものではないようだ。


 結婚式のスピーチでも原稿を用意していくと上手にできない。かえって緊張してしまい、心のこもらないスピーチになってしまう。かといってその場のアドリブで済ますほどの機転も利かないし、そんなことをしたら主役に失礼だとも思う。最善は喋る項目だけ決めておき、その場の雰囲気に溶け込むことだと思っている。


 肝心なのは相手に感動を与えること。それができれば手段などどうでもいい。岸田さん流の原稿の棒読み、小泉さん流の饒舌、大平さん流のアーウー、どれも個性。


(団塊農耕派)