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【日本商業新聞 コラム】心意気と美学 -181- クズ

 津軽三味線の名人、高橋竹山が東京へ仕事に出かけるため電車に乗った時、駅員に「そこはグリーン席だよ」とたしなめられたことがあったそうだ。上等でない服を着て、よぼよぼ歩く盲目の男がグリーン車に乗るはずはない、駅員のそんな偏見に満ちた目に竹山は怒りを覚えたが、差別に慣れた人生を送ってきた彼はさすがに強い。こう言い返し、教訓化している。


「人間にクズなどいない。いるとすれば、それは他人をクズ呼ばわりするその人だ」


 団塊農耕派もそう思う。だから人の悪口を言うのは止めようと思っている。しかし、クズと言われても仕方のない人は残念ながらいる。こんなコラムを書けば、竹山さんにクズだと言われてしまうが、それも覚悟で書いている。


 間違って振り込まれた高額の生活給付金を返さなかった男などその代表例だ。「カジノに使ってしまった。だから返せない。でも罪は償う」と無責任なことを言い、いまだに真相を語っていない。あまりの馬鹿ばかしさ、卑怯さに唖然とするが、コロナ禍でマスクをしないことに命をかけているオバカな議員と一緒に、そのオツムの構造をMRIで覗いてみたいものだ。


 お金を奪うにも、役所に忍び込み盗んだほうがまだ救われる。潔い。何らかの努力をし、危険を冒しているからだ。ところがこの男はそうではない。町の職員のミスによりタナボタ式に落ちてきたものを掴んだだけなのだ。


 昔、1億円を拾った人がいたが、この人だって人目を気にしながらゴミ箱をあさり続けた努力の跡がある。彼は何の努力もしていない。泥棒の計画すら立てていない。本職の泥棒はきっと「泥棒の風上にも置けない奴」と怒るだろう。


 さらに嘆かわしいのは、この男が町の過疎対策に応募して、支援金をもらって引っ越してきて、家の面倒まで見てもらっているという事実だ。ならば町に恩義を感じ、町のために何かをしようと考えるのが当たり前なのだが、彼はコロナで生活苦に陥った町民に配るはずの金をネコババした。クズと呼ばれる必要条件を満たしてしまった。


 もう一人のクズ候補は元国会議員の男。辞職して使えなくなったJRのグリーン券パスを返上せずに、駅員の目をくらまして堂々と使っていたあさましい男だが、それは団塊農耕派が子どもの頃にやって、百叩きの刑を受けた「キセル」と対して変わらない。あの時国鉄から3倍の料金を取られたが、彼は元国会議員なんだから、100倍の違反金を取り立てればいい。些細なお金をケチった代償は大きいのだ。


 真逆の人が居る。知床の深い海底に沈んでいる遊覧船の中に遺体があるかどうかを調べるために危険を冒して潜ってくれた人たちだ。飽和潜水という技術を身につけてはいるものの、一歩間違えば減圧症という極めて重篤な状態になる、それにも拘わらず、遺族の切実な思いに背を向けない。同じ国にこんなプロが居ると思うと誇らしくなる。まさに前述の二人とは対極におり、彼らから取り戻したお金は、潜水士の危険手当に充当してもらいたいほどだ。

(団塊農耕派)