各種の展示会、とりわけ化粧品や食品の大規模な展示会に最近ちょっと変わった人種が入り込み、主催者側を困らせている。
主役は暇な老人だ。パンフレットを片手に会場を歩き回る、とても同業者とは思えないお婆さん。髪はボサボサ、服装のセンスもこの日の展示会にくるような人ではない。
「初日がいいのよね。それも午前中が」
化粧品の小型サンプルを数本、リュックに投げ込みながら、お婆さんは次のブースを目指す。〝ご自由にお取りください〟と書いた張り紙がうらめしく、企業の担当者は苦笑いだが、なすすべがない。可能性の著しく低い商談のお相手だと思うしかない。
婆さんのリュックはすでに重い。開場してまだ1時間だというのに成果はそうとうなものだ。リーフレットや企業担当者の名刺などはトイレのゴミ箱に捨ててある。
品定めも大っぴらにする。無料休憩所のお茶を飲みながらリュックを解き、戦果品を詰めなおしている。団塊農耕派がそばに寄っても手を緩めることはない。
「今日はいいもの、あった?」
「今年は大手の化粧品会社が出てないからね。ろくなものはないよ」
団塊農耕派の問いかけに臆することもなく、お婆さんは応える。盗人猛々しいとはこのことだが、お婆さんはひるまない。
「足腰の悪い友達や、貧乏な友達がいっぱいいてね。あげるとみんな喜ぶんだ。だからしばらく止められないよ」
急にお婆さんが鼠小僧のように思えてきた。企業や小売店が本来やるべきことをこのお婆さんがやっているのではないか…、よくばりババアを警戒し始めた一部ブースの人間の方がよほど悪人に見えてきた。サンプルをたくさん用意している化粧品会社のブースを教えると、「兄さん、ありがとね」と言って席を立ち、また狩猟に出かけて行った。
ババアの害は物資的なものだが、ジジイの害はメンタルなものだ。
企業に在籍していたころの成功体験を話したいのか、それとも雑多知識をひけらかしたいのか、自信たっぷりに知的な雰囲気を漂わせる。展示の商品や資料にはまったく興味を示さず、教えてあげるといった口調で、一方的に、ときに笑顔を浮かべてしゃべる。
「通販で売るべきだよ。アマゾンに出店すればいい、お金かからないよ」
「マーケティングって難しいよ。ベンチマーキングしなくちゃね」
担当者のウンザリ顔にもたじろがず、次から次へと雑学のポケットを開く。撃退策は二つ。ジジイの土俵に乗って論戦で恥をかかせるか、無視して別のお客様に逃げるかだが、前者は負けを自覚する能力がジジイは低いので、かえって長引くことがある。後者の方が無難だが、再来する危険性も大きい。どちらも面倒だ。合法的抹殺方法が待たれる。
頻繁すぎて質の低下が著しい昨今の展示会だが、それでもビジネス接点を求めたい小さな会社にはありがたい存在。主催者はそろそろ老害防止に本腰をあげないと。
(団塊農耕派)
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