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【日本商業新聞 コラム】心意気と美学 -172- フェイクニュースと祖父

ウクライナを巡るロシアの鬼畜ぶりが連日伝えられているが、プーチンは「フェイクニュースだ」と言ってシラを切り、そして返す刀でロシア発の新たなフェイクニュースを発信している。かつてのお騒がせ男トランプが流行らせたフェイクニュースという忌まわしい言い回しは、極悪人どもが批判をかわす姑息な武器として使っているだけでなく、昨今は子供同士の会話の中にも出てくるというから、世も末、と言わざるを得ない。



ただフェイクニュースそのものは今に始まったことではなく、日本の戦時下でも「大本営発表」という国民を欺くニュースはあったし、中韓においてはフェイクニュースが歴史を作ってきた側面もある。ウソのニュースに踊らされることくらい腹の立つことはないが、ノイズ過剰で正邪の判定が難しくなった時代になってしまった以上、この悩ましい世界で生きていくしかないようだ。スマホを覗けば誇大広告が、メールを見ればフィッシング詐欺が、電話をとればいかがわしい勧誘が…、騙されずに居ることのほうが奇跡に思えてくる。



 問題なのはフェイクニュースそのものではなく、それを使ってプロパガンダし、自分を有利にしようとする卑しいやり方だ。殴っているのに殴られたと騒ぎ、正義を装い、助けを出すと言う口実で百倍返しをする…、ロシアや隣国の伝統的な手法で、世界中から見透かされているのにいつになっても止めない。白い目で見られることに慣れているので窮地に陥ってもひるむことなく、ひたすら反撃に出る。敗戦や占領などの屈辱の歴史が彼らをそうさせているという弁明もあるが、いつまでもそんな助け舟を出すべきではない。



 遠い昔、団塊農耕派のまわりにも同じような話があった。


 ――ある年、米蔵から新米が盗まれた。犯人はすぐにわかった。新種の米作りに失敗した近くの農家の男だ。でも祖父は捕まえるのは可哀想だと言い、そっと戻してくれれば表沙汰にしないと周囲に話した。数日後、蔵の前に数個の俵が置かれており、それが盗まれた数と同じだったので一見落着かと思ったが、そうではなかった。警察が来て、盗みの疑いで逆に祖父が調べられた。「新米が盗まれた。でも新種だから盗んだ奴は直ぐにわかる」被害届を出した男はそう嘯いたという。農協が調べるとたしかに戻ってきた米は我が家のものではなく、彼が作った鶏も食わない新種だった。〝盗人猛々しい〟とはまさにこのことだが、米の分析も出来ない警察は及び腰で、何も結論を出さなかった。男の策略にまんまと乗せられてしまったわけで、祖父は晩年、この話をするといつも不機嫌になった――


 ところでこの男の家は今は無い。祖父や村の長老たちが村八分にしたからだ。団塊農耕派は幼心にも大人たちのやりすぎを感じたが、それを口にする勇気はなかった。それどころかその家の子を仲間はずれにしたこともあった。今思うに情けない話だが、村全体が一つの方向に向うと理性など消えてしまうものらしい。



 ウクライナを巡るプーチンの手口は、米を盗みながら手練手管を弄して祖父を犯人に仕立てた男と似ているが、NATOやウクライナには村の長老のように「歯には歯で」で臨んでほしくない。瓦解する度量を持って欲しいものだと思う。

(団塊農耕派)