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【日本商業新聞 コラム】心意気と美学 -170- 規格外の人たち(8) 〝風合い〟にこだわる人

 誰もが口にしますが、なかなか定義しづらく、数値化など出来そうにない官能用語がいくつかあります。「風合い」がその一つです。


口紅の風合い、容器の風合いと言うように、感性の産物である化粧品では好んで使われても

いい言葉だと思うのですが、商品情報や広報で発信されることはめったにありません。業界に氾濫する陳腐な官能ワードに比べれば上質で、情緒あふれており、使わないのはもったいないと思います。



 口紅の研究員だったころ、「風合い」というきれいな日本語に興味をもち、トヨタのセミナーに出たことがあります。車体塗装の優劣判定の一つに風合いという項目を採用しているとのことでしたが、演者は「個人差がありすぎて、定量化できない」と、正直に現実を語り、失笑を買っていました。



 セミナー参加者のうちで、もう一人がっかりした表情の女性がいました。老舗の高級呉服会社の社員で、和服生地の風合いの勉強をしたくて参加したと言います。


女性の着物離れが進む中で、販促につながる新しい切り口を「風合い」に求めたようでしたが、団塊農耕派同様、何も得るところが無かったらしく、途中で席を立って会場から出て行きました。



 「化粧品会社の人ですよね?」と声をかけられたのは、同じように途中退座した団塊農耕派が受け付けにネームカードを戻しているときでした。化粧品の風合いについて聞きたいと言うので、彼女の誘いに応じ、喫茶店に場所を移しました。こちらはパール顔料、彼女は縮緬を例に、それぞれの「風合い」を紹介しましたが消化不良のままでした。



 その後も何度か電話や手紙のやり取りをしましたが、その中で彼女は「半世紀前に売った着物が今どうなっているか調べたい」「古い着物ほど味が出る(着易くなる)ことを実証したい」と言い、千葉県の田舎の旧家に行くけど、一緒に行ってくれないかと言います。



 会社には茂原の取引先に行くと言って、彼女に付き合うことにしました。旧家の桐ダンスの中は着物で一杯でした。彼女はその中から数枚を選び、預かることになりました。会社に持ち帰って彼女なりの評価、測定をしたかったようです。


 ところが事故が起こります。大切な着物を測定時に傷つけたというのです。責任を感じた彼女は弁償を申し出ました。ところがその家のおばあ様は「もう誰も着ないし、タンスの肥やしになっていたのだから気づかい無用」と言い、その着物を彼女にプレゼントしました。



 デザイナーでもある彼女は、会社のミシン室で大胆にもその着物を裁断し、和装とも洋装ともつかない衣装をつくり、おばあ様のお孫さんにプレゼントしました。団塊農耕派も同行しましたが、その時のおばあ様の驚き様、喜び様は今も忘れられません。



「これはビジネスになるよね」帰りの外房線のなかで二人は思いました。


古い着物の風合いそのままに、モダンに仕立て直す、それだけのことですが、喜んでもらえる人はたくさんいます。彼女は新規事業を提案した後、さっさと会社を辞め、その後の音沙汰がありません。だから彼女が老舗呉服会社の中興の祖として評価されているかどうかもわかりません。肝心の「風合い」ですが、いまだ定義できずにいます。

(団塊農耕派)