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【日本商業新聞 コラム】心意気と美学 -159- 私はマイナンバーカードを作らない

※本記事は日本商業新聞社様の許諾の上掲載しております

カードが見当たらない。パリのホテルで清算する時の話だ。記憶を辿ってみる。最後に使ったのは昨夜のいかがわしいバー。興味本位で入ったが怖くなって早々に退散した店だ。あの店に落としたとなると厄介だ。店の電話番号は知らないし、早朝に店が開いているはずもない。


 フランス語もしゃべれない。飛行機の時間は待ってくれない。パニックは最高潮に。駐在員にも来てもらい、捜索が始まる。部屋の中、スーツケースの中身…、ホテルの従業員まで探してくれる。そして見つかる。汚れ物袋に入っていたYシャツの胸ポケットにあった。皆さんそれぞれの持ち場に戻るが、お騒がせ男以外は誰も笑っていない。



 こんなことは日常茶飯事で、いつも大騒ぎをする。でも必ず出てくる。ところがあせって直ぐに紛失届けを出してしまうので、その後の手続きが面倒になる。幸いなことに団塊農耕派の持つカードには単一機能しか付いてなく、もし本当に紛失してしまったとしても、芋づる式に種々の情報が抜き取られることはなく、軽微な損害で済むはずなのだが、小心者はいつもパニックに陥る。


 そんな間抜けな事態に付き合わされた当時の会社の同僚たちは「どうせそのうち見つかるよ」と冷ややかに見ていた。



 そんななか団塊農耕派を挑発するように、国はコロナ禍という国難に乗じてマイナンバーカードの普及に躍起になっている。こんなに便利になりますと広報しているが、団塊農耕派の理解する便利さは、落としたときの恐怖と比べれば、屁のように軽い。子どもの頃、自分の掘った落とし穴にはまったことがあったが、団塊農耕派の粗忽な性格はきっと死ぬまで続くはず。


 これからも何度も紛失し、そのたびにパニックになるのは必至。であればその原因となるものを作るのは愚の骨頂と言うことになる。不便など我慢できる。いかに国のお願いと言われても、収監でもされない限り、これだけは勘弁してと言うつもりだ。


 どうみても団塊農耕派はデジタル人間ではないが、背伸びして、カードを振りかざすカッコイイ男になってみたいと思っていた時期もあった。ペイペイなる下世話なものにも興味を持ったこともあった。それでも踏み切れなかったのは銀行口座などへのひもつけの仕方がわからなかっただけのことで、お節介な奴が現れれば、今頃はそれなりに使いこなし、有頂天になっていたかもしれない。



 でも最近はその考え方が揺らいでいる。度重なる風水害や地震を通して知った国のエネルギー政策のお粗末さ、先端的なわりにセキュリティの甘いITと信用ならないこの業界の人材、半導体などの資源の自前率の低さ…、いずれも安心してカードの「一元化」を国民に押し付けるレベルにない。


 エネルギーを電力だけに頼る怖さを台風や地震で悟り、ケータイもコンビニも宅急便も需要が増えればパンクすることがわかり、みずほのATMは故障続き、ネット情報はウソばかり、受信メールの大半はフィッシング詐欺、そんな時代に無垢の個人情報が守られると思うのはあまりにもお人よし。



 国や企業を信じられないのは悲しいが、アナログで満足している人に便利をエサにデジタルを強要するのは愚政というものだ。免許証、保険証、お薬手帳、クレジットカード…、別々に持つからこそ有り難味が増す。(団塊農耕派)