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【日本商業新聞 コラム】心意気と美学 -158- 脇役に甘んじよう

※本記事は日本商業新聞社様の許諾の上掲載しております


「刺身や納豆が国民食になったのは醤油のおかげ」


これは房総半島のある小さな醤油会社が暴走(?)気味につくった宣伝文句で、まったく日の目を見なかったが、大いに共感できる。主役は刺身や納豆かもしれないが、それ単独では外国人が鼻をつまむくらい不味いものだ。グルメ通を自認するひとは反論するかもしれないが、彼らも醤油の貢献度については否定しないだろう。


ただ醤油は主役にはなりえない。刺身を美味しいとは言ってくれるが、醤油が美味しかったとは誰も言わない。それでいいのだ。甘んじればいいのだ。「汽車の窓から手を握り送ってくれた人よりも、ホームの陰で泣いていた可愛いあの子が忘らりょか」ズンドコ節はその機微を適切に歌っている。


ところが最近大手の醤油会社は何を血迷ったか、時代や消費者に合わせて味を変えたり、劣化防止のために容器を変えたりして日陰者からの脱出を図っている。勘違いもはなはだしい。自らの使命と遺伝子を忘れ、天に向ってつばを吐く不埒な行為と言わざるを得ない。房総半島の醤油会社の高潔ぶりを見習ってほしい。


残念ながら主役になるか脇役になるかは本人の努力ではどうにもならない。長い歴史の判断に任せるしかない。そのとき醤油のように脇役の椅子を与えられたら、その道でプロになればいい。決して高望みをしないことだ。邪心を出せば前の総理大臣のような悲惨な末路が待っている。実務に長けた番頭さんに総花的な総理大臣は務まらなかった。


企業でも同じだ。社長以外はみな脇役で、その道に邁進すべきだ。「脇役に甘んじる」なんていう卑下した言い方があるから上昇志向の強い人は「脇役」をネガティブに受け止めるが、脇役とは本来企業にとってもっとも大切な人たちで、この力のある脇役を如何に使いこなすかが社長の力量だ。


だから研究職がやたらマーケティングマインドを持ったり、デザイナーがコストの心配をしたりするのは本末転倒だ。研究所長は頭でっかちの研究バカでよく、営業部長はお人よしの人情派でよく、宣伝部長は唯我独尊でよく、経営企画部長は冷酷でお金の計算だけできればいい。そして社長がそれらの「いいとこどり」をすればいい。社長がお金のことばかり気にしたり、クリエイティブな部分にまで口出しする会社は居心地が悪い。


脇役の使い方と言う点ではアメリカ式のジョブ型雇用のほうが優れている。終身雇用制がいまだ基本にある日本企業では、昇進するにつれ専門職意識が薄まり管理職志向が強くなり、社長と同じような仕事をする人、したい人が増えてくる。これは主役願望の現れであり憂慮すべきことだが、懸念すべきは越権行為している事実ではなく、この人の本来もつ脇役としてのスキルが低下してしまうことだ。


だから有能な脇役はその職にとどめておく必要がある。キャリア形成が人材育成だと思い込む人事部はやたら異動を仕掛けて自己満足しているが、出る芽をつぶす愚策だと思ったほうがいい。主役(社長)は功労のあった脇役がご褒美に掴むポストではない。社長など固有のスキルをもたない半端な人がやったほうがいい。


(団塊農耕派)